ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

こころの休息

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 ずいぶん前のことですが、テレビを見ていて、「生きること」の本質を考えさせられたことがありました。番組は東南アジアの農村の特集で、取材の時は雨期に当たり、激しい雨が降っていました。質素な家が点在している農村には、テレビも、車も、お店もありませんでしたから、インタビュアーの方は、農村の生活はさぞ不便で、単調で退屈な毎日だろうと思われたのでしょう。ひとりの男性に「雨が降り続いている時は何をされるんですか?」と質問されました。すると、その男性は、「何もしないんです」と答えられたのでした。その表情はとても穏やかで、すてきな笑顔でした。「何もしない」というのは、実に衝撃的なことばでした。今の私たちは、日々、あたりまえのように時間に追われています。そして、それを疑問に思うこともなく、むしろ、時間に制約のある生活が、充実した人生の証しであるかのように考えてしまっている傾向が感じられます。「頑張る」ことを美徳とする日本人の気質かもしれませんが、少しでも時間の隙間があると、その隙間を何かで埋めようとしているようにも見えます。

 電車などに乗りますと、近頃は、車窓の景色を眺めている方はほとんどおられません。どなたもお気づきのことと思いますが、たいていの方は、下を向いてスマートフォンや携帯電話の画面を見ておられます。実に乾いた光景です。かく言う私も、乗り物の中でメールをすることがあります。必要に迫られてのことではありますが、忙(せわ)しなく、ちょっとした疲れを感じてしまいます。

 今の社会の中にあっては、「何もしない」ということも、時間を気にせずに生きることも、難しいことではあります。しかし、常に先を急ぐ方々の無表情なお顔を見るたびに、「何もしないんです」と答えられた男性の笑顔を思い出します。ときには、時計を外してぼんやり過ごし、こころの休息をする時間が必要なのではないかと思うこのごろです。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。