ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

“憎しみの連鎖”を止める

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介




 今年の正月は、昨年の大雪とうってかわって暖かい。新年の柔らかい日差しを浴びながら、この世界も平和であれかしと願う。

 世の中なべてみれば禍福はあざなえる縄の如(ごと)し、幸不幸の数は結局同じなのかもしれない。しかし、干支(えと)ひとめぐりを目前にしたわが身には、何か大きな転換が迫っている気がする。

 それを予感させた去年の出来事は、安保法制の成立とパリの同時テロ事件だ。21世紀初頭にニューヨークの国際貿易センタービルに旅客機が突っ込み、黙示録のバベルの塔崩壊さながらの光景が世界中の人たちの目に焼き付けられた。その時から、アメリカが宣言した“テロとの戦い”と、その戦闘がまた生み出してしまうテロ行為の“憎しみの連鎖”が繰り返されている。私たちの脳裏から、戦争の現実性が片時も離れない世界になってしまった。

 この半世紀、豊かで平和な日常が当たり前のこの国だった。今は若者が戦争反対、人殺しはしたくないと声を上げている。戦争は避けられないと考える人たちも、彼らなりに国をどう守るかを真剣に意見している。こんなに多くの人が戦争と平和を議論したのは、どれくらいぶりだろう。

 時の権力とその意向を支える人たちは、人類は戦争をやめることができないと考えているようだ。はたして世界中の為政者たちは、“テロとの戦い”を勇ましく宣言することをやめることができない。そうしていないと、自分たちの地位が守れないからだ、そのためにやむをえぬ多少の犠牲は、彼らの知るところではないとでも言うように。

 だが、権力者でない私たちは、日々の暮らしの平和と身近な人たちの喜びを大切に思う私たちは、子どもたちからその子どもたちへと続く長い未来に、今この世界に満ちている“憎しみの連鎖”をいつかは止めることを考えればよいのだ。

 その権利と義務は、やがてはつかのまの地位を替わる為政者たちにではなく、私たちの側にあるのだから。そしてそのための時間は、永遠なのだから。



たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。