ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

故郷のこころ

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 「山は青き故郷 水は清き故郷」。皆さまの歌声がひとつになって響くとき、私はいのちへの感謝の気持ちでいっぱいになります。私にとって、最も幸せな時間と言えるかもしれません。

 法座や講演でお話をする機会をいただいた時は、必ず皆さまと『故郷』を歌わせていただいています。この歌詞を声にすることで、人と人が支えあって生きていることの喜びを分かち合うことができるからです。

 間もなく、東日本大震災から5年を迎えます。私が改(あらた)めて言うまでもありませんが、震災に遭われた方々のご苦労は察するに余りあります。その追悼式典などの報道を見ますと、『故郷』が歌われ、歌いながら涙されている目に、未だ癒えない悲しみがあることを強く感じさせられます。

 平和に暮らした町並みは既になく、残ったのは魚の採れなくなった海、作物の作れなくなった田畑(でんばた)―−。それでも、そこに留(とど)まって復興に尽力される方々。仕方なく故郷から離れて暮らしていても、いずれは故郷に帰りたいと仰(おっしゃ)る方々。その思いこそ、皆さまが、共に支え合って生きてこられたことの証ではないでしょうか。家族やご近所の何気(なにげ)ない会話や笑い声のある暮らし。時にはけんかをしても仲直りできる友だちのいる町。そこにあるこころの繋(つな)がりそのものが、故郷なのだと思います。

 『故郷』の歌詞は、文部省唱歌の編纂(へんさん)に携わった国文学者、高野辰之自身の体験に基づいています。高野が上京して苦学する中で、志のこころを支え続けたのは故郷への想(おも)いだったのです。「いかに在ます父母。恙(つつが)なしや友がき」と、2番の歌詞にあるように、自分を育ててくれた両親や、一緒に日々を過ごした友だちが大きな力となったのです。

 残念ながら、今の子どもさんはこの『故郷』に馴染(なじ)みがないようです。機会を得て、お子さまやお孫さまとこの歌を歌ってみられてはいかがでしょう。その歌声は、人と向き合い、支えあうことのできるあたたかいこころを育むことにつながっていくと思います。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。