ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

桜を染める

立命館大教授 津止正敏



 3月初旬、仕事帰りの道すがら満開の桜に驚いた。よみがえり伝説で知られる一条戻橋の東側に濃いピンクの花弁を付けた河津<(かわづ)桜があった。カメラを手に、桜をめでる人も集まって春間近のにぎわいだった。暖冬のせいだろう、桜前線の予報だと今年の開花は平年より随分と早まるらしい。毎年の事だが、桜名所の多いこの京都に住む誰もがムズムズと落ち着かなくなる華やぐ季節の到来だ。

 桜、といえばいつも染色家の志村ふくみさんの話を思い出す。志村さんは植物染料を使った紬(つむぎ)織りで重要無形文化財保持者(人間国宝)だ。この3月21日まで京都国立近代美術館で文化勲章受章記念の「志村ふくみ −母衣(ぼろ)への回帰−」と題した展覧会が開かれていたので足を運んだ人も多いと思う。その志村さんの著『一色一生』の冒頭に、桜を染める話が載っている。中学や高校の国語の教科書でも紹介されているような有名な話だ。桜色に染める、と聞いてすぐに桜の花弁を集めて染め上げていくのであろうと思っていたら、全く違うのだ。「まだ折々粉雪の舞う小倉山の麓で桜を切っている老人に出会い、枝をいただいてかえりました。早速煮出して染めてみますと、ほんのりした樺桜のような桜色が染まりました」(『一色一生』)。桜の花びらを集めて染めてみてもその色は決して出てこない。煮出した花びらが付ける色はうす緑色だという。桜の木皮で染めたものが桜色で、花弁で染めた色がうす緑色ということに、志村さんは自然の周期を感じたと書いている。

 自然の周期。木皮にはもう桜の花びらの精気が、そして花弁の胎内には若葉のそれが息づいている。次の主役が今や遅しとその出番を待っている。学ぶということや修練を積むということもきっとこのようなものに違いない。私たちの社会運動だってそうだ。その成果はすぐには見えてはこないけど、機が熟せば一気呵成(かせい)に全身を駆け上ってくるに違いない。みえるものの奥深くに、まだみえない次代の精気が潜んでいる。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。