京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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●コラム「暖流」
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。 認知症者の行動の自由
92歳、要介護度4の認知症の男性がJRの駅のプラットホームを下りて線路上に立ち入り、電車に轢(ひ)かれて亡くなった。JRは列車遅延の損害金約720万円を遺族に請求、名古屋地裁と名古屋高裁は一部遺族の責任を認めたが、去る3月1日、最高裁はその責任を否定した。 妻は85歳、要介護1で夫を監督することが難しく、長男は同居しておらず、監督できないからという。 この裁判の結論は多くの識者が賛成しているが、介護の現場からは、認知症者の単独外出は危険だという前提に問題があるという意見が出ている。 私も同感である。 夫は平時から戸外に出て排尿することがあり、タクシーで外出して迷子になったことが2回あるものの、交通事故を起こしたことはない。そのことから推察すれば、迷子になるおそれはかなりあるとしても、交通事故を起こすおそれは、あまりない(強いていえば、小学低学年程度の危険回避能力はあるとみられる)。 となれば、交通事故を起こすことを防ぐために家に閉じ込めるのは、人権侵害であってしてはならないことであろう。小学1年生に対し、保護者が付き添っている時以外は家から出さないなどという措置が取れるだろうか。 この事件の夫も、ドアに鍵をかけておくとドアをどんどんと叩(たた)いて騒いだというのであって、行動の自由は、人の基本的な権利なのである。 ただ、迷子になる可能性は高いのだから、家族は夫の衣類に名前や住所などを記載した札を付けていた。迷子になって徘徊(はいかい)する認知症者を救うのは地域社会のやさしさであり、大牟田市はじめいくつもの自治体が市民や生徒たちに対し、徘徊者に対する応接ぶりの訓練をしている。 これからもどんどん増える認知症者を罪人のごとく行動の自由を奪われるような哀れな状態に置くことのないよう、地域のみんなでしっかり見守りたいものでる。私たちみんなの将来を真っ暗にしないために。 ほった つとむ氏 1934年宮津市生まれ。京都大法学部卒業。東京地検特捜部検事、最高検検事などを経て、91年に法務大臣官房長を最後に退職。現在、ボランティア活動の普及に取り組む。弁護士。著書に「おごるな上司!」「心の復活」「少年魂」など。
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