ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

生きています!

立命館大教授 津止正敏



 「前震」という言葉を初めて知った熊本の大震災。5月の連休、被災地熊本で暮らす卒業生やケアメン(男性介護者)グループの会員のお見舞いに行ってきた。

 橋やトンネルの崩壊で内陸部に閉じ込め状態になった南阿蘇村で両親とともに介護施設を経営する卒業生。「生きています!」と緊急メ−ルをくれた卒業生だが、2歳と3カ月の子を抱えながら、施設利用者・避難高齢者の生活支援に寸暇を惜しんで奔走していた。被災して勤務困難な職員も多くいて人手不足も深刻だが、全国から駆けつける看護や介護の専門ボランティアを組織して何とか一日一日をしのいでいた。

 地震直後に出産した卒業生もいた。無理を承知で様子をうかがいに行ったが、熊本市南区の実家のお寺で、生後一週間になる小さな赤子を胸に抱いて待っていてくれた。数日の車中避難で何とか最悪の事態は免れたという。

 電話で無事は聞いていたがずっと気掛かりだったケアメンの会員にも会ってきた。幸い身体の負傷はなかったものの、自宅はブロック塀が倒れ屋根瓦も竜の背中のように曲りくねってズレ落ち、室内は倒壊・落下した生活器財で埋もれてしまった、地震保険で補填(ほてん)されるのは屋根瓦の補修費程度だといっていた。娘を頼って県外に避難した会員、マンションが傾き避難所で暮らす会員、アパートが倒壊し施設に入所した会員の話も聞いた。介護する人される人にも容赦なく震災の牙は向かったのだが、会員同士の小さなつながりは続いていて少し安堵(あんど)した。

 5月の連休、いつもなら県外の車が溢(あふ)れ観光客で賑(にぎ)わっているはずだが、熊本ではすでに18万泊、九州全体では50数万泊のキャンセルがあったという。これまでの地震とは明らかに様相を異にする熊本地震。地球誕生から続く40数億年もの自然の営みからすれば、この社会に蓄積されたヒトの知見など微々たるものなのだろう。目の前の事実から一つ一つを教訓化していくことだ。「生きています!」のメールに応える道だ。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。