ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

こころと笑顔

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 「お待たせして、大変申し訳ございませんでした」彼女の明るい声と生き生きとした笑顔は、私の隣にいた方の眉間の皺(しわ)を、一瞬にして消してしまったかのように見えました。そして、その方は「ありがとう」と言って帰って行かれました。

 金融機関の窓口というところは、時として、長く待たされたり、煩雑な手続きを求められたりして、仕方のないことだと思いつつも、決して愉快とは言えない気持ちになることは、どなたもご経験のことと思います。固い空気の中で長い時間待たされたあとの、「お待たせして申し訳ございませんでした」という常套句(じょうとうく)は、無味乾燥に響くこともありますが、彼女の「大変申し訳ございませんでした」のひとことは、とても心地よく伝わってきました。何度も時計を見ながら待っておられた方の心情を充分にくみ取って、仕事の用語としてではなく、彼女のこころから出たことばであり、自然な笑顔だったからだと思いました。

 私の行きつけのお店にはたくさんの笑顔があります。大将や女将(おかみ)さんとの楽しい会話。常連さんだけでなく一見さんも巻き込んでの笑い声もあり、お腹もこころも満たされる場所です。その日もそのお店で食事をしているとき、ふと、昼間に窓口で女性の笑顔を見たときの情景が重なりました。「きっと彼女は楽しく仕事をし、楽しく生きておられるのだ」と思いました。事務的なお仕事と食事処では全く違う雰囲気ではありますが、彼女は書類一枚書くにしても、常にその向こうにいる「人」を見ながらお仕事をされ、その方とのつながりを大切にし、自分自身の喜びとしてされているから笑顔が生まれ、和やかな雰囲気が醸し出されるのではないかと思ったのです。

 人との出会いは人生を豊かにしてくれます。どんな場面でも、人と接する時間は、お互いの人生を共有する貴重な時間だと思います。その時間が笑顔で満たされ、そして皆が楽しくなることを願う時、私はこう思うのです。いつも笑顔はまず自分から、と。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。