ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

「相模原事件」が示すもの

弁護士 尾藤 廣喜






 7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者施設で入所者19人が刃物で刺殺され、26人が重軽傷を負った事件は、まさに衝撃的な事件だった。容疑者は「障がい者なんていなくなればいいと思った」と供述しているといわれ、また、措置入院中に「ヒトラーの思想が2週間前に降りてきた」とも言っているそうで、「優生思想」が事件の大きな背景であったと推測される。

 しかし、「個人の尊重」をうたった憲法13条の定めを待つまでもなく、障がいのある人は役に立たないとの理由で大量虐殺をしたナチスドイツの「優生思想」の誤りはあまりにも明らかだ。どんなに重い障がいのある人でも、教育や労働(共同作業)の中で変化し、発達する限りない可能性を持っている。それどころか、水俣病、薬害スモン、薬害ヤコブなどの重い障がいを持つ被害者が、自分の障がいを世の中に示し、訴えることで、社会を大きく変革してきた歴史がある。私たちは、障がいを持つ仲間たちから、多くの大切なことを教えてもらっているのだ。

 しかし、今回の容疑者は、このような事実を、学校教育の中でも、施設の職員として働く中でも、教わり、体感することもなかったようだ。

 翻ってみれば、容疑者が持つこの歪(ゆが)んだ考えは、今私たちの社会にさまざまな形で存在する「差別の思想」が反映したものと言える。今、ネット上での弱者への憎悪表現、在日外国人へのヘイトスピーチ、野宿者襲撃事件など、ひたすら「弱者」や「マイノリティー(少数者)」を貶(おとし)め、攻撃する行為が横行している。また、公が、財政対策のため、福祉、医療そして介護の場で、率先して「いのちの切り捨て」すら行っている。

 政府は、今回の事件を受けて、措置入院制度の見直しを指示しているが、この事件の原因を精神科の医療システムにのみにあるとすることは、小手先の誤った対策そのものだ。教育や労働の場、さらに社会全体での「弱者排除の論理」への根本対策こそが必要である。



びとう・ひろき氏 1970年京都大法学部卒。70年厚生省(当時)入省。75年京都弁護士会に弁護士登録し、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題について全国的な活動を行っている。