ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

伝えたいこころ

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 朝、カーテンを開けると既に木々には容赦なくギラギラとした陽が照りつけ、競い合うように鳴く蝉(せみ)の声が降りはじめると「今日も暑くなりそうだなあ」と、ちょっとうんざりする酷暑の日が続きました。

 そんな夏もお盆が過ぎ、日中の暑さはまだまだ厳しいものの、陽が落ちて肌に当たる涼風を感じると、自然は次の季節の準備をしているのだと気づかされます。

 食べ物にも季節の移ろいを感じます。京野菜の代表格である賀茂茄子(なす)や地物のトマトなどは売り場から姿を消しつつあります。代わって、早いところでは松茸(まつたけ)が鎮座していて、やがて来る秋の訪れを感じます。

 しかし、実際のところ、そのように季節の分かる野菜は少なくなっています。夏が旬のトマトやキュウリなどは冬でもあたりまえのように積み上げられていますし、逆に、真夏でも大根や白菜などの冬野菜が買えますから、売り場の景色は1年中殆(ほとん)ど変わらなくなっています。栽培技術、また輸送や保存の技術も向上したおかげで、私たちはいつでも欲しいものを手に入れることができ、食生活はずいぶん豊かになりました。しかしその半面、季節を味わい、自然の恩恵に感謝する機会が減りつつあることには少し寂しさを覚えます。

 食べ物だけではなく、日本人は常に四季と向き合って生活をしてきました。そして、春夏秋冬、それぞれの季節を愛(め)でることで日本のこころ、日本の文化が生まれ、受け継がれてきたのだと思います。しかし、今は利便性が優先して、大切な日本のこころを次の世代に伝えていくことが難しくなっている気がしています。

 近頃の道ゆく人の中に見られるのは手にスマホ、耳にはイヤホン。その危険性は社会問題となっていますが、同時に、歩く時くらいは道端の花を見て、耳に入ってくる音を聞いて季節を感じてほしいと思います。

 ツクツクボウシや秋の虫たちが晩夏を歌い始めました。ふと見上げた空に、うろこ雲を見つけるのも間もないことでしょう。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。