ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ラ・クンパルシータ

立命館大教授 津止正敏



 チャッ♪チャッ♪チャッ♪タラララ〜ラ♪。一度は耳にしたことがある人も多いタンゴ「ラ・クンパルシータ」の一節だが、先日この曲をテーマ曲とする映画を見た。「妻の病」(伊勢真一監督)、「レビー小体型認知症」をサブタイトルにしたドキュメンタリーだ。9月4日、鳥取県米子市で開かれた「ケアメンサミットinとっとり・介護退職ゼロ作戦」のオープニングセレモニーとして上映された。京都でもこの春公開されたのだが、見逃していた。

 舞台は高知県の南国市、登場するのは小児科を開業する石本紘一さんと妻の弥生さん。弥生さんは2004年ごろ変調をきたす。

 当初、統合失調症と診断され治療を受けたが、その後認知症とわかった。幻視、幻聴、運動機能など、診断が難しいといわれるレビー小体型認知症だった。

 認知症のドキュメンタリーだけに、ハードな介護と暮らしの描写を想定したが、監督の狙いは違った。介護負担で夫もうつ病を発症したこと、そのため一時夫婦別居の暮らしを余儀なくされたこと、などの挿話もあったが、映画はふたりのささやかな日常を写し撮っていく。食事、ドライブ、散歩、墓参りに誕生会。夫婦の介護のある暮らしに視線は向いていく。診察にみせる医師の眼、葛藤する介護者の顔、時折の妻と交わすにぎやかな夫の声、妻の見せる不安と恐怖と安堵(あんど)が同居するさまざまな表情、をカメラは追う。そして介護する人される人という二分項にくくられない豊潤な生活を発見し、肯定する。沈みし日もあれば心弾む日だってある。だから面白いんだよ、だから生きなきゃいけないんだよ、という夫の言葉が重なってくる。

 「なんでこうなったんだろう」(妻)。「ものは思い出せないけどね。でも心は、ほんとに生き生きとしているよね」(夫)。飾り立てることは何もなくてもいまを生き切る感情が画面一杯にほとばしる。チャッ♪チャッ♪チャッ♪タラララ〜ラ♪。弥生さんが口ずさみ踊るシーンがある。しばらく耳から離れそうにない。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。