ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

唱歌のこころ

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 夕やけこやけの赤とんぼ 負われてみたのは いつの日か

 『赤とんぼ』の歌いだしであることはどなたもご存じでしょう。思わず口ずさみ、何となく郷愁に駆られる方も多いのではないでしょうか。以前、外国からのお客様の前で、わずか8小節のこの歌を歌ったことがあります。会場が静まり返り、鳴りやまぬ大きな拍手をいただいたとき、私は「日本」というものを強く実感したのでした。

 そのことをきっかけに、子どものころ何げなく歌っていた童謡や唱歌の歌詞を読み返してみますと、日本の生活の歴史、そして、その時代を生きた人々のこころが克明に刻まれていることに気付きました。

 『里の秋」という唱歌も、そのひとつです。「静かな静かな 里の秋」で始まるこの歌は、単に田舎の秋の情景を歌ったものだと思っていましたが、実は敗戦直後、「外地引揚同胞激励の午後」というラジオ番組のために書かれた歌で、3番には「ああ父さんよ、ご無事でと」という歌詞があります。さらに、この歌の元となった『月星夜』という詩には4番があり、「大きく大きくなったなら、兵隊さんだよ、うれしいな。ねえ母さんよ、僕だって、必ずお国を護ります」と書かれていて、それが子どもたちに教えられていたという事実は、戦争を知らない私にとって、大きな衝撃でした。

 このように社会を反映した童謡や唱歌をはじめとして、日本の歌は、情景や出来ごとだけでなく、家族や友人を思いやり、共に生きていくことの大切さが必ず織り込まれています。厳しい環境の中で、家族がこころを寄せ合って暮らす光景や、遠く離れゆく人を案ずる歌詞などは、こころに迫るものがあります。

 後の世に語り継ぐべきことはたくさんあります。日本という国が歩いてきた道の中で生まれた唱歌もそのひとつではないでしょうか。先人のご苦労を想い、その歴史の延長上に、私たちが今生きていることのありがたさを、唱歌は伝えてくれていると思います。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。