ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

当事者の訴えのあり方

弁護士 尾藤 廣喜






 1月26日、生活保護基準引き下げ違憲訴訟の第8回弁論が京都地方裁判所で開かれた。この裁判では、毎回弁護士が主張を述べるだけでなく、生活保護を利用している当事者(原告)が直接裁判所に「意見陳述」する方法がとられている。毎回、多くの当事者から陳述の申し出があるが、今回は、重い障がいを持つKさんにお願いすることになった。Kさんは、養護学校を卒業した際に、「君は障がいがあるため、何もできないから、施設に入所するしかない」といわれ、施設に入所したところ、殴る蹴るの虐待を受け、大変な思いをし、別の施設に移った経験があるという。移った施設でも、結局、施設の都合に合わせた生活しかできず、「死ぬまでにはここを出たい」と決意していたとか。10年頑張って、身の回りのことがやっとできるようになり、在宅生活を始めたが、これを支えてくれたのが生活保護だったということをぜひ話したいとのことだった。

 ただ、Kさんには、障がいのため、言葉が不明瞭で聞きとりにくく、そのうえ、非常にゆっくりとしか喋(しゃべ)れない。果たして、裁判官は、Kさんの話を十分に理解してくれるだろうか、また、辛抱強く長時間聞いてくれるだろうか。Kさんと弁護団は何度も話し合い、最終的に、Kさんの「意見陳述」の内容を書面でも出し、前半を弁護士が代読、後半をKさんが自分の言葉で陳述することにした。

 当日は、弁護士の代読のあと、Kさんは、生活保護を利用するようになって、金額の少なさに驚いたこと、当初は、「何でも自分でできるので、これだけです」といわれ、卒業の時とは真逆の評価だったこと、その後、「障がい者加算も手当も」出るようになり、それでやっと生活できるようになったのに、今回の基準引き下げは到底がまんできないということを必死で訴えた。

 裁判官も、熱心にKさんの訴えに耳を傾けていた。例え聞きとりにくく、ゆっくりではあっても、Kさんが直接裁判所に訴えたことが、何よりも雄弁な陳述だったのだ。



びとう・ひろき氏 1970年京都大法学部卒。70年厚生省(当時)入省。75年京都弁護士会に弁護士登録し、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題について全国的な活動を行っている。