ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

「ありがとう」のこころ

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 庭に降りると、木の枝にはやわらかな芽がのびて、先日まで何もなかった地面には白いニラの花が一面に咲いていました。わが家の庭の春はとても素朴なものですが、私をあたたかな気持ちにしてくれます。

 そんな春の庭で、私はふと、祖母の日記の一行を思い出しました。90歳を過ぎて、日暮らしをつれづれに綴(つづ)ったものですが、「床に臥(ふ)すなら春がいい。冷暖房の気遣いもなく、少しでも家族に迷惑をかけずにすむから」とありました。「家族や子どもには迷惑をかけたくない」という話はよく耳にしますので、祖母の思いもよく分かります。しかし、私は、困っている時に誰かの世話になることは、「迷惑」なのだろうかという疑問を持っています。

 生きているということは、老いもすれば、病気になることもあるということで、手助けが必要になるのは当然です。私もいろいろな形でお手伝いさせていただくのですが、その時、皆さん必ず「ありがとう」と言ってくださいます。私はいつもその笑顔の「ありがとう」のひとことは、信頼関係の証しだとうれしく受け取っています。「ありがとう」は、人と人が繋(つな)がって、助け合って今を生きていることへの感謝のことばです。つまり、誰かの世話になることは「迷惑」ではなく、お互いの「ありがとう」のこころなのだと思うのです。

 先般、私が骨折したとき、「困ったことがあったら何でも言ってね」と、皆さまから親切なことばをいただきました。しかし、忙しい方にご面倒をかけるのは申し訳ないという思いで、買い物はインターネットを利用して過ごしました。それによってあまり人の手を煩わさずにすみましたが、完治した今になっては、もう少し皆さまのご厚意に甘えても良かったのかもしれないという思いも残っています。もっとたくさんの「ありがとう」に出会えたかもしれませんから。

 今日も、明日も、たくさんの「ありがとう」が溢(あふ)れる世の中であってほしいと、願っています。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。