ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

10年ひと昔

立命館大教授 津止正敏



  私たちの『男性介護者白書−家族介護者支援への提言』(2007年・かもがわ出版)の刊行からもう10年になる。

 この前年の2月、介護問題を一気に社会化させた事件が京都で起きた。「地裁が泣いた」と全国に報道された事件だ。当時54歳の息子が介護と生活苦に耐えかねて認知症を患った母(86歳)と無理心中を図った。息子は死にきれず母を殺めた桂川河川敷で散策中の市民に見つかり通報された。裁判長は同年7月の結審で、裁かれるべきは被告人だけでなくこの社会の福祉や介護の制度にある、と説諭したという。事件を起こすような人ではなくむしろ懸命に介護してきた者がその負担に耐えかね前途絶望して不幸な事件の引き金を引く、というこの社会の抱えている病理構造への警鐘ともなった。先の『白書』の表題とも重なるが、「男性介護者」と「家族介護者」という二つの新たな支援対象を照射した事件として私の記憶に残っている。

 あれから10年。今も介護事件は後を絶たないばかりかより複雑化しているが、それでも確かな変化も生まれている。介護する夫や息子たちは、もう百万人を超える介護者群となり、世間の認知も格段に広がった。09年には男性介護者と支援者のネットワークも発足し、全国各地で介護する男性をターゲットにした会や集いを牽引するようになった。イクメンに倣って名付けた「ケアメン」を冠とする会や集いも珍しくなくなった。認知症分野でも、各地で盛んに取り組まれているカフェの開設や認知症の人本人の会など新たなムーブメントが起きている。4月に京都で開催された認知症の国際会議では、日本発の認知症サポーターが世界に広がり1千2百万人を超えたと報告された。

 10年ひと昔というが、こうしてみると10年という時間はもちろん山の如(ごと)く動かない課題もあるが、社会の歩みを計る確かな区切りではあるようだ。これからの10年、私たちはどのように社会の在り様を裁いていくのだろうか。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。