ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

こころの回顧展

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 1本の電話で、親戚が亡くなったことを知らされました。現代美術家だった彼とは、いろいろと語り合った仲でしたし、家族がありませんでしたので、私が葬儀と納骨をつとめました。その折に集まってくださった彼の友人が、「ぜひ彼の回顧展がしたい」とありがたい提案をしてくださいました。彼の家には、作品や記録が残っているはずでした。

 とはいえ、私が勝手に遺品の整理をしてもいいのかどうか迷っているうちに、法律に従って彼の家は取り壊されました。遺品の行方を尋ねると、「金銭的価値のあるものがなかったので全て処分しました」と言われ、私は「お金の問題ではないのです。遺品は彼が生きた証なんですよ」と思わず声を荒らげてしまいました。ショックと同時に、回顧展を開くと言ってくださっている方々に、なんと申し上げたらいいのだろうと悩みましたが、処分された物が戻るわけもなく、私の手元にある僅(わず)かの遺品以外は全て無くなってしまったことを伝えました。

 回顧展は中止になると思っていたとき、彼の友人から「予定どおり回顧展を開くので協力してほしい」と連絡がありました。そして、彼の住所録を頼りに、遺品や思い出の品などを集める作業が始められました。

 かくして、彼の回顧展は何十名もの方々の協力を得て開催されました。展示されたのは、友人が持っておられた彼の写真や手紙、追悼の思いが込められた友人の作品、多くの方々から届いた彼へのメッセージ、そして数点の遺品でした。その空間に彼を知る人たちが集まり、彼の思い出話は尽きることなく続きました。

 その時、私は気付かされたのです。彼が生きた証は、共に時を過ごした方々のこころの中に確実にあったのだということに。そして、それは、彼の人生そのものだったのです。

 遺品が残らなかったのは、むしろ良かったのかもしれないと、何か満たされたものを感じながら帰る道すがら、ふと思いました。「私は何を残すのだろう」と。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。