ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

虐待は連鎖、しない。

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介




 「虐待は連鎖する」と言われる。虐待を受けて育った子どもは、自分が親になって虐待するのだ、と。これほど残酷な言葉はない。まるで逃げ道のない運命の宣託のようだ。相手のためだという善意で言われる場合は、なおさらである。

 吉田ルカ著「死を思うあなたへ」(日本評論社刊)という本が静かな話題となっている。幼い頃から自分を否定され続け、母親が何も言わずに見ているだけのなかで父親に殴られ、そのために自分には生きている価値がない、死んでしまいたいと感じ続けてきた、ひとりの少女が生きる意味をつかみ取るまでの魂の記録である。副題は「つながる命の物語」。小さなご縁があって、私が刊行の言葉を寄せている。

 「少女」と書いたが、現在は2人の子どもを持ち、命を守る社会活動に献身している女性だそうだ。20年の歳月が、つらい記憶にほどよい距離をつくり、生々しい出会いに芳醇(ほうじゅん)な熟成を加え、少女自身の中に秘められていた回復への力がくっきりと際立つ。

 だが、回復への道のりは険しい。周囲の大人たちの偽善と否定に追い詰められ、それに対して非行も含めてあらゆる手段で対抗しようとする思春期の体と心の嵐。その中で少女は、うつ、摂食障害、リストカット、自殺未遂を繰り返し、精神科に入院もしている。

 そこで出会う医師や看護師との交流が、生き生きと鮮やかに描かれる。実際はさまざまな葛藤があっただろうが、理想的な姿だけを20年後の彼女の心に残した人間関係だったのだろう。そう思わせる爽やかさだ。

 「人薬」という言葉が思い起こされた。人は人を地獄から救うことができる。人は人の癒やしとなれる。いや、薬ではなく、人だけができるのかもしれない。

 今、かつての彼女と同じ悩みを抱えている若い人たちに、彼女の声が届くことを願う。「死にたい」は「生きたい」という心の叫びでもあるのだ、と。「虐待は連鎖しない」ということを、ひとりの女性が人生をかけて証明したのだ。



たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。