ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

在宅で死ぬ文化





 最近特にお医者さんなどに講演する時話しているのが「在宅で死ぬ文化」の確立である。

 死を迎える時期は、人生仕上げの時期であるから、満ち足りた幸せな気持ちで過ごし、そのままの気持ちで死を迎えることが極めて重要である。

 しかし、現状はそれができていない。

 在宅で食べたいものを食べ、会いたい人に会い、したいことをして暮らし、そこから天国に旅立つ。そのためには三つの文化(風習)が確立されなければならないと思う。

 一つは延命治療をしないこと。自然な死に逆らって延命治療をしても意欲は失われ、生きることの生理的負担が増すばかりで、自分らしい生き方はできない。

 ましてや意識が回復しない段階に入ってなお延命するのは生命をもてあそぶものといえるだろう。

 延命治療をしないことについて、親族の同意を必要とする風習は改める。人の死について同意できる人は本人以外にはいない。

 二つ。人は死を迎える時期に入れば欲を捨て(自然にそうなる)心を整理してこの世に未練を残さないように自分を律したい。自分が生かされたことに感謝し、自分がこの世のためになしえたいささかの貢献を自らの誇りとすれば、心は満ち足りるであろう。 

 遺族は「死なないで」などとすがらない。死にゆく人を惑わせる。その人の存在に感謝し、静かに送りたい。

 三つは死ぬ時医者を呼ばないこと。医者は治療することはなく、疲れさせるだけである。

 ただ、苦しんだり痛んだりしながら死ぬのだけは避けたい。人が死をおそれるのは、苦しみや痛みの不安があるからである。だから、呼吸が苦しいなど苦しみ、痛みの兆候が出たときは、直ちにモルヒネを一挙に投与することを最後の治療法として確立してほしい。できれば医者でなくてもそれができるよう、定型化してほしい。



ほった つとむ氏
1934年宮津市生まれ。京都大法学部卒業。東京地検特捜部検事、最高検検事などを経て、91年に法務大臣官房長を最後に退職。現在、ボランティア活動の普及に取り組む。弁護士。著書に「おごるな上司!」「心の復活」「少年魂」など。