ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

忘れていないこと

立命館大教授 津止正敏



 3年前の9月、突如のニュースに驚いた。「介護離職ゼロ」が政府の新成長戦略3本の矢の1本として提起されたからだ。与党の総裁選直後の高揚もあって、雪崩を打ったように経済界や労働分野で介護問題の議論があふれ出し、介護が一挙に経済問題と化した。以前から「介護退職ゼロ作戦」をスローガンに、仕事と介護が折り合う暮らしと働き方を目指すフォーラムなど世論喚起を行っていた私たちは、歓迎し安堵(あんど)しつつも少しの戸惑いと不安もあった。本気の離職防止の政策に向かうのか、その場限りのリップサービスに終わるのではないか、と。

 この7月に公表された平成29年就業構造基本調査(総務省)をみて、やはり私たちの不安は杞憂(きゆう)ではなかった、とため息が出た。過去1年間(2016年10月〜17年9月)に介護のために離職した人は9万9千人、男性2万5千人、女性7万4千人となった。前回調査(12年)と比して、女性では8・8千人減少し、男性では逆に5・8千人増加するなど実態はほとんど改善されていなかったのだ。

 これを介護者視点から読み取るとさらに驚く。全介護者628万人のうち346万人は働いている。しかも生産年齢層の介護者では60歳以下の男性で84%が、女性でも66%は働いている、というのだ。もうこの時代の介護者のマジョリティーは「介護しながら働いている」人たちなのだ。毎年10万人の介護離職者の背後には、いまこの瞬間にも煩悶(はんもん)しながら「仕事と介護」を担う300万人を超える人がいるということだ。

 「介護離職ゼロ」をいいつつ介護サービスは削る−「虚(むな)しい」と心折れそうになるが、それこそ彼らの思うつぼだ。例えリップサービスでも言わざるを得ないほどに仕事と介護を巡っての過酷な実態があるのだ。メディアは3年周期の党の総裁選挙を報じているが、私たちは3年前の約束を忘れていない。言うだけでなく、その通りに実行しろ!私たちのシュプレヒコールはさらに太くなる。




つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。