ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

焦るな!急がば回れだ!

立命館大教授 津止正敏



 過日の話になるが、熊本県の長洲町に足を運んだ。介護体験記「男性介護者100万人へのメッセージ(第2集)」に寄稿したFさん(67)に、その後の話を伺うためだ。第2集が発行されたのは8年前の2010年9月で、Fさんは当時59歳。2歳下の妻が50歳のとき若年性アルツハイマー病を患い、7年が経過したころの体験記だった。

 その体験記には、ほとんど全介助の「要介護4」の妻の介護を記していた。デイサービスを利用しながらなんとか仕事を続けていること。デイの迎えが来る前は分刻みの忙しさだということ。早くに起床し朝食の準備・食事・片づけ・着替え・歯磨き・洗顔・化粧。その間に何度もある妻の「訴え」には、丁寧に対応し、焦るな! 急がば回れだ! と言い聞かせていること。デイのお迎えと同時に出社し、通勤電車での1時間が一番ゆっくりできる時間だとも。会社に着いたらすぐに仕事モードへ、仕事に集中することで介護ストレスの発散にもなっているとも記してあった。

 少し切なくもあるが、ホッと心和む場面もある介護の日々を次のように述懐していた。「こんな生活もあと2カ月、やっと定年退職の日が来るのです。辞めようと思って2年間。勤めてこられたのも、デイの皆さん、職場のみんなのおかげです。感謝です」

 Fさんに聞けば、妻の症状を早くに職場にカミングアウトしSOSを発してきたことが同僚の理解につながったという。妻の症状が重篤化し一人にしておけなくなったとき、「もう辞めよう」と思い悩んだのだが、定年までもうすぐだよ、との同僚たちの励ましでデイサービスの利用を始めたとも話してくれた。定年まで彼を気遣い支えてきた同僚の万歳の声も聞こえてくるような話だ。

 Fさんは無事に定年を迎えた。送別会も開いてもらったという。あれから8年、Fさんの妻は、もうベッドでの寝たきりの毎日だが、二人の介護のある暮らしは今も続いている。




つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。