ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

忘るるもまた楽しからずや

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介




 「注文を間違えるレストラン」が話題になっている。老いてもまだ働きたい、社会の役に立ちたいと人は思う。ちょっと物忘れが目立って認知症と呼ばれる状態になっても、その気持ちは変わらない。そんな認知症の人たちが働くレストランやカフェという活動が生まれ、全国に広がっている。

 今後800万人にもなるといわれる認知症。各年齢別にその出現率をみたらどうなるだろうか。認知症は75歳から急速に増えはじめる。90歳代になると、なんと半数以上の人が認知症となる。世は人生100年時代だ。となれば人生の最後の10年では、認知症をもっていることのほうが普通だということだ。

 そんな普通の人たちが働きたい、人とつながり社会の役に立ちたいという普通の気持ちを持ち続けるのを応援したい。それを形にしたのが、この試み。注文を間違えたっていいじゃないか、普通のことなんだから。

 この京都でも昨年、「注文をまちがえるリストランテ」が開かれた。一流のホテルやカフェで、半日、認知症の方々が注文をとって働いた。満員の客席をてきぱきと…とはいかず、ちょっと戸惑いながらも真剣に注文を聞いてまわる。何度も注文を聞いてようやく覚えると、前の注文を忘れる。持ってきたら同じ品が二つ、あれぇ? と悩んでいると、向こうの席から、もうひとつこっちですよーと声がかかる。間違えてきた品を、あ、私こっちのほうがいいです、ありがとうとお客さん。お店全体に優しい気遣いと笑いがたえない。間違えた、ごめんなさい! と謝っても謝られても、一緒に明るく笑おう、お互いさまなんだから。

 こうやってだんだんと、間違いが普通に受け入れられる暮らし方に、私たちのほうが慣れていく。まちがいに寛容な世の中、老若男女、一緒に過ごせる世の中を、普通に老いて普通に物忘れしていく認知症の人たちと一緒につくる。

 老いたらみんな認知症、そうなったらもうおしまいという、「幸せをまちがえる社会」にならないために。



たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。