ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

専門家の知恵、当事者の知恵

立命館大教授 津止正敏



 「あなたの介護体験を社会の共有財産に!」。これは男性介護者の体験記募集のチラシに記したキャッチコピーだ。私たちはいま、来月に京都で開催される「男性介護ネット10周年記念事業」の一環として介護体験記(第6集)の刊行作業に取り組んでいる。

 今回応募があった体験記に目を通しながら、やはり在宅で介護を担う人を支える仕組みがどうしても必要ではないか、と改めて思う。

 その一つが、介護資源へのアクセスの課題だ。どこに相談に行けばいいのか、どういう支援制度があるのか、分からないことだらけだった、と振り返る介護者がいる。いま、デイサービスなどの介護資源がコンビニの数以上にも整備され、ケアマネジャーという新しい相談援助職も生まれた。役所はもちろん地域包括支援センターもある。何とかなりそうだと思うのだが、実際はそうでもない。むしろ、最初は何も分からなかったという人がほとんどのようだ。時を経るほどにより複雑さを増している制度が、私たちをさらに介護資源から遠ざけている。

 もう一つ、認知症理解の課題もある。いま介護の必要な家族の多くが認知症状にあることもこの課題をより切実にしている。妄想・幻覚・焦燥・暴言などの異変も、嵐が収まれば何事もなかったように落ち着きを取り戻すという不安と混乱。介護者の多くがつづっていることだが、とりわけ初期時にはこうした事態はごく当たり前のようにある。認知症初期集中支援チームのように不安や葛藤に真っ先に対応する専門機関と専門職へのニーズだが、体験記には家族の会での助言に救われたという声もあった。介護者発の情報も役立ったという声もあった。

 在宅で介護を担う人を支える仕組みということで記した上記二つの課題は、専門家の知恵や情報とともに、介護当事者に蓄えられる知恵や情報にも特段の意味があるということを教えている。あなたの介護体験はきっと誰かの役に立つ! いま介護の最中にいるあなたに伝えたい。




つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。