ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

伝統芸能を全ての障害者へ

弁護士 尾藤 廣喜






 鎌倉在住の能狂言作家大江隆子さんが2005年に「大仏くらべ」という狂言を作られている。奈良に住む男が鎌倉からの旅人を案内する道すがら、お互いの大仏さまの魅力を自慢しあう中で、最後にはお互いに認め合い、「だいぶつぶつぶつ だいぶつくらべ」とともに謡い合うという内容になっている。誰かと比べて良さを競うのではなく、それぞれの良さをお互いに認め合うことの大切さを伝える作品だ。新作狂言とはいえ、この作品は古典的なテーマをとりあげ、会津八一の歌をモチーフにし、狂言独特のリズムをうまく生かすなど、古典的手法を十分に踏まえた内容になっていることが魅力の作品だ。大蔵流での初演以来、ずっと茂山千五郎師が熱心に演じておられることも心強い。

 東大寺の大仏奉賛会では、この狂言の魅力を子どもたちにも伝えたいと、狂言で初めての試みとして「絵本」を作ったが、これが子どもたちに狂言の魅力を伝える良い素材になっている。

 今回は、この「絵本」が奈良在住のボランティアの方々のご努力で、点字化され、あわせて触る絵本になったという。私も拝見させていただいたが、松田大児さんの描かれた絵の部分を縫製などにより立体化し、視覚障害のある方にも、狂言の舞台の様子がありありとわかる内容となっている。

 「伝統芸能」の世界では、視覚障害のある方の箏(こと)、三絃や琵琶について、職業として保護されてきた歴史があったが、その他については、障害のある人が演じたり、鑑賞したりする機会は残念ながら不十分なままとなってきた。障害者の芸術活動については、障害者芸術推進法が18年6月に全会一致で成立し、これを促進する制度がようやく本格的に動きだしたが、「パラリンピック」などスポーツの分野に比して、まだまだ不十分の感が強い。なかでも、「伝統芸能」については、お寒い限りである。制度として、障害者の芸術活動への参加、とりわけその鑑賞については、もっと力が注がれて良いと思う。



びとう・ひろき氏 1970年京都大法学部卒。70年厚生省(当時)入省。75年京都弁護士会に弁護士登録し、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題について全国的な活動を行っている。