ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

プリンセストヨトミ

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝伸太郎



 10年近く前に封切りされて好評を博した映画「プリンセストヨトミ」を皆さんご覧になったでしょうか。会計検査院の切れ者松平元(はじめ)が大阪の社団法人OJOに対する政府補助金の使途を実地調査する過程で、驚愕(きょうがく)の裏歴史が明るみに出ます。大坂夏の陣で生き残った豊臣家の末裔(まつえい)を永永(えいえい)守り続けてきた大阪が、資金難にあった明治維新政府へ多額の経済援助をする見返りに秘密裏に独立国家として承認され、その後「大阪国」運営に要する費用を補助金の名目で日本政府が毎年供与してきた…この不正問題を公表しようとする松平が大阪国総理真田幸一と対決するストーリーです。プリンセスとは豊臣家末裔の中学生橋場茶子を指します。

 映画の主たるモチーフは大阪人の東京への対抗意識であり、おそらくそれは大阪に代々受け継がれてきた関ケ原の記憶つまり「西軍が負けていなければ大阪が日本の首都だった」という無念さに起因するものです。付言するなら、最近世間の耳目を集めている「大阪都」は「大阪国」と発想が同根であると推察されます。

 この映画の醍醐味(だいごみ)は伝統を守り抜く尊さを礼賛しているだけではない多角的構成にあります。真田幸一の息子大輔は幼少時から男性であることに違和感を抱くLGBT(性的少数者)です。最初は無理解であった幸一も次第に大輔の思いを受容し「お前が男として生きようが女として生きようが、真田家の人間としてOJO(王女=茶子)を守り抜いてくれればよい」と激励します。大阪国に象徴される「伝統」を縦糸に、幸一の認識変化に象徴される「改革」を横糸に、この物語は編み上げられています。

 古典芸能や人文科学でみられるように、伝統と改革は決して対立物ではなく弁証法的に互いを高めあう関係にあります。とかく二者択一的な言動が幅を利かせている今日、伝統一辺倒では伝統は守れず改革一辺倒では改革は進まずという逆説を心に留め置くため、プリンセストヨトミを時々鑑賞し直したいものです。




しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。