ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

こころのキャッチボール

僧侶・歌手 柱本めぐみ




 日暮れの涼風や夜半の虫の音に夏の終わりを思い、ほっとしたり、ふと寂しい気持ちになる季節。今年も秋がめぐってきました。

 私は時々、視覚障がい者施設で朗読ボランティアグループの活動に参加させていただいています。今月は録音の当番でしたので、そんな季節の移ろい、秋にまつわるお話しをさせていただくことにしました。

 「今年は一段と暑い夏でしたね。皆さま、いかがお過ごしでしたか? そんな夏も過ぎ…」。私は、予(あらかじ)め用意したあいさつの一文を、できるだけ明るい声で読みました。抑揚や緩急もつけ、詰まることもなく読めましたので、これで大丈夫だと思っていましたが、録音のミキサーの方が、「固いなあ。もうちょっと普通に話した方がええと思うよ」と言われました。

 私はマイクに向かって懸命に文字を読んでいた自分に気がつきました。この録音を聴いてくださる方々に伝えるのは正確なことばではなく、ありきたりの表現でもなく、読み手のこころであるべきことを、私は忘れていたのです。

 私はゆっくりと深呼吸をして、原稿を持つ手を緩めてみました。すると不思議なことに、私の声を聴いてくださる方々のお顔が見えてきたのです。そして、私の発することばがマイクに向かってではなく、私のこころに映った方々に向かって自然に流れ始めたような感じがしました。さらに食べ物の話題の中で、「秋といえば、私は何よりも食欲の秋。あ、急におなかがすいてきました」など言う余裕が出てきますと、どなたかがクスッと笑われた気がしてうれしくなりました。

 それは、キャッチボールを楽しんでいるような気分でした。私がうまくお話しできたかどうか分りませんが、聴いてくださっている方のおこころが、私のこころに返ってきて、あたたかな感覚を味わうことができたのでした。

 この経験を日常生活の中でも忘れずに、多くの人とこころをつなぐキャッチボールを楽しみたい。そんなふうに思った1日でした。



はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。