京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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●コラム「暖流」
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。 平常心真宗大谷派僧侶 川村 妙慶
「心がざわついて落ち着かない」こんな経験はありませんか? 例えば「熱が出た。新型コロナウイルスに感染したのではないか?」「トイレットペーパーが無くなり世界中がパニックになる」と会員制交流サイト(SNS)で拡散されると、動揺して、われ先にと奪い合う。そうなると平常心が保てず、物事に身が入らなくなってしまいます。
それは、不安や恐怖が一気に押し寄せてくるからでしょう。すると最悪のパターンを考えてしまい、自分だけは不利になりたくないと、ますます動揺していくのです。 「備えすぎ貧乏」という言葉があるそうです。備蓄することは必要なのですが、心が荒れて貧しくなると、物を補充しないと不安になるということです。現代は、経済が最優先される時代となりました。欲望がみたされることが「豊かな人生」にもなると思い込んでいるからです。しかし、豊かさに慣れてしまうと、当たり前となってしまいます。そうなると、さらに欲しいという気持ちが強くなるのです。 「幸せ」は、「幸」(さち)とも読み「恩寵(おんちょう)」を意味すると同時に、「貪(むさぼ)り」につながっていきます。自己中心的な欲望で、足ることを知らない生活をしている限り、「幸」は「めぐみ」でなく、「貪り」となり、常に不満をこぼすことしかできなくなるのです。 私が学んだ大谷専修学院は、最低限の荷物だけしか寮に持ち込めず、携帯電話、テレビもありません。生活に不安を感じた私は師に訴えました。すると師は、「自分の思いにかなう物だけを必要としているのなら、それは本当に自己という存在を愛したことにはならない。共同生活をする中で、人はつながりの中で支え、支え合っているという事をこの身で感じ、『迷惑をかけますがお世話になります』と声を掛け合える関係をもってほしい」とおっしゃいました。 このお彼岸を通じて、平常心を取り戻し、人は許し合い、共に生きていることを慶(よろこ)びあいたいですね。 かわむら みょうけい氏 アナウンサー、正念寺(上京区)坊守。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。
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