ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

思いがけない出会い

真宗大谷派僧侶  川村 妙慶



大阪に、河内音頭の歌手で杉さんという方がおられます。歌は決してうまくないのに人が集まるというのです。そばで聞いていた希代さんは、父で杉さんの師匠でもあるの初音家(はつねや)康博(やすひろ)さんに理由を聞いたそうです。すると娘の顔をじっと見ながら「杉さんは私の弟子の中で一番歌は下手やけどな、最も聴衆が泣かれるんや。皆、杉さんの歌をきくと涙があふれてくるというんや」とおっしゃったそうです。

杉さんは、太平洋戦争の始まる中、召集令状を受けた父親が「この子を残して戦争へいかねばならぬ。この子を頼む」と母に告げ出ていく父親の無念さを歌に託しておられたそうです。杉さんにとってもこの悲しい事実は聞き伝えであったかもしれませんが、どこまでも子を心配してくださる親の慈悲が仏心につながっていった。ただ歌うつもりが仏縁に出会うことで自分が打ち砕かれ、思いもしない自分に出会う。これが超世希有正法=ちょうせけうしょうぼう=(親鸞聖人「教行信証」)なのでしょう。

人間は、自分より大きな存在と事実に出会ったとき、はじめて自分の心が揺り動かされるのです。その心に周りは感動するのですね。

昨年、康博さんは命終(みょうじゅう)されました。その手は合掌されたままだったそうです。父の姿を焼きつかせたまま京都をぶらり歩いていた希代さんは、あるお香屋さんへ引き寄せられるように入ったそうです。そこにはなんと河内音頭が流れていました。お盆の時期、亡き人からのメッセージを歌に託し、鳴り物と声に合わせて念仏踊りをしたのが河内音頭です。まさかお香屋さんで河内音頭とまれな出会いをいただくとは思いがけないことだったでしょう。

康博さんの葬儀は、コロナ禍ということで身内だけのお参りの予定でしたが、杉さんが音頭を取って兄弟弟子に連絡されたそうです。皆は師の前でお念仏の河内音頭を歌われたそうです。

何げなくしたことが、「思いがけない出会い」をいただくことがある。ここに人生の深い味わいがあるのですね。



かわむら みょうけい氏
アナウンサー。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。