ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

良すぎる人には裏がある?

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎



患者さんの中にはドメスティックバイオレンス(DV)やストーカー被害にあわれる方がおられます。パートナーや元パートナーがどのような人柄なのかを私が質問すると、判で押したように「むちゃくちゃ優しかった」とか「優しすぎるくらい優しい人だった」という答えが返ってきます。

「優しい」は確かに長所であり、周囲の人々を幸せにしてくれます。それならば、長所は大きければ大きいほど良いと言えるのでしょうか。精神科臨床は「過剰の裏側には欠如が必ずひそんでいる」と教えてくれます。たとえ長所であっても度が過ぎる場合は、その裏に長所とは正反対のものが隠れていることが多いという意味です。これは人間全般に当てはまる話で、心の病とは無関係です。

過剰な優しさの裏に驚くべき残酷さが、過剰な上品さの裏にえげつない下劣さが、過剰な他人思いの裏におぞましい自己中心性が隠れている…。すべてがそうではないにせよ、皆さんにもお心当たりがあるのではないでしょうか。

他方、逆パターンもあるのです。普段は非常に冷たく振る舞う人がピンチの時に誰よりも温かい手を差し伸べてくれるとか、いつもはケチで知られる人が有事において被災地に迷わず大金を寄付するなどです。手塚治虫の天才外科医「ブラック・ジャック」がお金の亡者のように患者さんに法外な治療費を要求するにもかかわらず、あれだけ魅力的なキャラなのはなぜでしょうか。状況次第ではタダで難手術を引き受けたり、患者さんの病気を治すという医者の本分においては世界中のどんな偉い医者もかなわないほどのすさまじい執念を見せるからですね。過剰な短所は往々にして愛すべき長所を隠しています。

人とトラブルになった時に対処を考えるのが医学的発想だとしたら、トラブルになりにくい人を最初から選択するのが予防医学的発想です。「長所が過ぎる人には、裏があるかもしれないと考えて、慎重に向き合う」という処世術はきっとお役に立つと思います。


しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。