ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

宅老所で居場所づくり
普通の生活、制度外で模索

 

大川卓也(おおかわ・たくや)さん



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定期利用のお年寄りが居眠り。寝顔を見ながら語らう大川さんと佳奈子さん。(「優人」のダイニングキッチン)
 京都府南部の近鉄・久津川駅に近い住宅地にNPO法人「優人(ゆうと)」の事業所=城陽市平川鍛冶塚10の3、TEL 0774(29)2646=がある。代表の大川卓也さん(31)が妻佳奈子さん(29)と5歳と1歳の子どもの4人で暮らす自宅を開放した「宅老所」だ。一軒家の玄関を入ると、壁にスナップ写真がびっしり。これまで利用した人たちと大川一家の折々の記念は、大家族のアルバムのよう。

 大川さんが「優人」を始めた原点は、大学4年生の時、病で倒れた祖父を家族で介護したことだった。福祉に無縁だった大川さんもヘルパーの資格を取り手伝った。この経験から卒業後、佛教大学社会福祉学部(通信制)で一から勉強。社会福祉士などの資格を取る。並行して京都府内の障害者と高齢者の福祉施設で計6年間働いた。

 現場を知るにつれ、福祉制度の枠内での支援・介護に疑問がわく。「プラン通りのサービスしか提供できず、利用者のささやかな願いにも応えられない。自分なら、年を取っても自分のペースで過ごせる所がいい」。高齢者、障害者。児童と、福祉行政の縦割りも疑問だった。「老若男女、困ってる人が誰でも普通に過ごせる居場所づくり」を思い描いた大川さん。佳奈子さんの後押しもあり、介護保険などの福祉制度にあえて乗らない自主事業を始める決心をする。  2009年4月、「優人」開設。利用者は高齢者が約9割、障害のある人が1割ほど。事業の柱は通いと泊まり。冠婚葬祭などで家族が急に世話ができなくなった緊急時や、諸事情で受け入れ先が見つからないなど、制度からこぼれた人の利用が多い。初年度の利用者は、延べで、通い305人泊まり60人。新しい試みは新聞やテレビ、ドキュメンタリー映画で紹介され、2年目は倍近くに増えた。

 利用者は大川さんの付き添いで気ままに散歩し、喫茶店に入り、美容院や買い物に行く。「この正月は、利用が重なったじいちゃん2人と家族で初詣に行きました」。一つ屋根の下、風呂場もトイレも共同だ。食事は皆で食卓を囲むのが基本。天ぷらや野菜の煮物、みそ汁・・・大川夫妻の手料理が並ぶ。自宅に居るような何気ない会話が自然に出る時、和みますね」

 10連泊した女性(75)がいた。夫の入院で独りになるため支援が必要だった。6日目のこと。外から帰った時、女性は玄関先にいた大川さんの娘に「ただいま」と声を掛けた。「なんや感動しました」と大川さん。

 大変な時もある。妄想や徘徊(はいかい)、故意にむちゃをする人。「時には怒ります。感情はコントロールしますが、素の自分で真正面から相手を受け入れたいから。知らない所で寝泊りするじいちゃんばあちゃんは、どこかに遠慮や寂しさがあると思う。家族じゃないけど家族のように本音で接したい。一瞬でも心がほぐれてくれればいい」

 しかし今年度に入り、利用者数が伸びず運営の苦労が続く。介護保険の指定事業者と比べ、保険が適用されない分利用料が高くなってしまい、利用をあきらめる人が多いことも悩ましい。「制度に乗れば利用者の負担は減り運営も安定するが、規則にしばられ、今のように困っている人は誰でも受け入れたり、家で過ごすようにしてはもらえない。ジレンマです。困っている人の支援は制度内が当たり前という現実が悔しい。「優人」の理念を現実のなかで広げる方法はないか。4年目を迎え、大川さんは模索をし始めている。