ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

困窮者の自立を支援
生活再建へ足掛かり探る

 

中野 加奈子(なかの・かなこ)さん



 「死ななくてもいい理由で人を死なしたらあかん」。貧困問題に取り組む社会福祉士の中野加奈子さん(39)には強い思いがある。  2008年から公益財団法人ソーシャルサービス協会ワークセンター=京都市南区上鳥羽仏現寺町43、京都高齢者会館内、075(691)9416=の非常勤職員。生活困窮者の自立を助ける巡回相談員を務めている。

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ワークセンターが月1回開く炊き出しと衣料提供活動の会場で話す中野さん(京都高齢者会館)
 京都市がワークセンターに委託するホームレス訪問相談も仕事の一環だ。失業などで住む所を失い、市が準備する宿泊所に緊急避難的に入所した人の支援に当たる。12年度の入所者数は一日平均77人。中野さんは常時10人近くを担当する。抱える問題を聞き取り、病院や役所、弁護士などにつなぎながら生活再建の足掛かりを探っていく。「路上生活寸前の方が多い。母親と一緒の乳児から80代までおられる。必要に応じて退所後のフォローもします」

 入所経緯はさまざまだが「軽度の障害があることから生活基盤を失った人が気に掛かる」と言う。親の体面や周囲の無関心から療育手帳や精神障害者保健福祉手帳といった障害者手帳を取得せずに社会に出た人たちだ。人間関係や状況判断が苦手なため、派遣契約の仕事を打ち切られたり、詐欺事件などに巻き込まれて困窮生活に陥る例がある。

 「『障害者手帳は配慮を受けるためのパスポート』ともいいます。あえてレッテルを貼らなくていいという方もいますが、今の社会の特に就労場面では、即戦力が求められ周囲は助ける余裕がない。手帳があればグループホームや作業所で支援を受けることも、職場で配慮を受けて働くこともできます」。担当した人の中に、手帳を申請して作業所で働く人がいる。作業所で扱うパンを持って時々会いに来てくれるという。中野さんのうれしい事の一つだ。

 佛教大学で福祉を学んだ中野さんは、尼崎市内の救急病院でソーシャルワーカーとして8年間勤めた職歴がある。就職間もない頃、緊急手術を拒む患者がいた。話を聞くと、その50代の男性は公園で野宿していて一週間ほど前に虫垂炎を発症。激痛に耐え切れず病院へ来たものの費用がないので手術は受けないというのだ。「命にかかわる」と説得して腹膜炎を起こす前に施術できたが、退院後の居場所がない。福祉事務所と交渉しても当時の制度では策がなかった。奔走する中野さんに、男性は「もういいです」と言い、病院を出て行ってそれっきりになった。

 「貧困問題の現実を思い知った。ためらった末にお金も住む所もないと打ち明けた時の様子は、思い出すたび胸が詰まります」。ワークセンターの仕事に加え、5年近く路上生活者の見守りボランティアを続ける中野さんの原点だ。

 現場を大切にする一方で、中野さんは病院在職中から佛教大学大学院で社会福祉学を研究、今春博士課程を修了した。現在、週2日は京都市内の2大学で非常勤講師として教壇に立つ。「絶望のふちにいた人がどんどん元気になっていく姿に接するのは、デスクワークでは味わえない醍醐味(だいごみ)があるよと話してます」。後進の育成も欠かせない仕事になりつつある。