京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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●わたしの現場
町議勇退後もサロンに奔走
ふるさと伊根のために
芦原 サカ江さん
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独特の景観を誇る舟屋群で全国的に知られる京都府伊根町。人口は約2200人で、65歳以上の高齢化率は約45%と府内で最も高い。「閉じこもり老人をなくし、お年寄りたちが支え合う場を広げたい」。町内8カ所で開かれるふれあいサロンのリーダーとして活躍するのが芦原サカ江さんだ。同町初の女性町議を4期務め、町婦人会長などの要職も経験し、「町のためになるなら」と80歳になった今も、マイカーで飛び回る毎日だ。
ふれあいサロンは各地区とも公民館などを利用して月1回開かれる。芦原さんは、開催日には黒の軽自動車に炊飯器や食材、おやつなどを積み込み、朝早くに会場に向かう。このサロン開催のために立ち上げたNPO法人「いーね・ふれ愛」の常務理事として仲間たちと協力して昼食づくりや会場整備などを始める。10時過ぎからサロンが始まると、講師に変身する日も。若いころから趣味で打ち込んできた布や紙を使った手芸を参加者に教える。「手芸もこんな形で生かせて、長く続けて来てよかった」と振り返る。手づくり昼食をはさんで午後からは体操などを楽しみ、おやつの時間で締めくくる。これで参加料は500円。「開催日をもっと増やしてほしいとの要望も聞くが、今が限界。とにかく長く続けたい」と気力は充実している。活動資金を補うため、ヒジキのコロッケやワカメ入りのせんべいなど仲間たち手作りの商品を販売する店「いーわーね」を舟屋群の一角に開設し、週末などにオープンしている。
伊根町の旅館が実家。実家の近くで、舟屋を所有する漁師のもとに嫁いだ。夫は京都府の漁業関係団体の要職のほか、町議としても活躍していた。夫が7期で町議を下りたあとの4年後、議員に出てほしいとの要請がきた。「議会など一度も見たことがないし」と躊躇(ちゅうちょ)したが、「台所から見えてくる意見を言えばいい」と腹をくくった。58歳の時だった。町が2級のホームヘルパー養成講座を無料で企画したことから参加した。「高齢者が年々、増えている。空いた時間にボランティアとして協力できれば」との思いだった。ところが当時、唯一ヘルパーを受け入れていた団体からは「高齢なので」と断られた。それなら、と同じ思いだった数人で立ち上げたのがこのNPOだった。町議活動と並行して2001年からサロンを始めた。
町議会本会議。「町長、町が行っている健康相談では参加する町民が極端に少ない日もある。ふれあいサロンの活動日に行っては」「他の団体が行っているサロンは昼食もないのに補助金を出している。私たちのサロンにも出してほしい」。議会で折に触れて改善を要望しても野党系の町議の意見はすんなりと受け入れられない。それでも何年かたって実現することもあり、健康相談もサロンの開催日に合わせて開かれるようになり、補助金も出るようになった。「正しいことは言い続けることですね」と、5年前に町議を勇退してからも思う。
活動的で明るくふるまう芦原さんにもつらい思い出が刻まれる。先天性の腎臓疾患の長男には自らの腎臓を提供し移植したが、若くして亡くなった。8年前には夫を大海原で失った。「元気に人のために生きることが供養だと思っている」
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