ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

地域への一歩を後押し
シングルの父親を支援

木本 努(きもと つとむ)さん


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帰路を急ぐ木本さん。「自分の経験を発信することが、一番の活動」と語る(京都市中京区)
 京都市中京区のスーパーマーケット。仕事帰りの木本努さん(54)=京都市左京区=は足早に店内を回り、白菜やもやし、鶏肉を次々にカゴに放り込んでいく。息子は3人。それぞれの帰宅時間に合わせ、3度夕食を作るのだ。手際よく買い物を済ませると、「あいつら好みも違うから、考えなあかんのですわ」といとおしげに笑う。

 9年前に妻をがんで亡くしたシングルファーザー。社員15人を抱える会社の社長を辞め、父親たちの家事を支援するNPO法人「京都いえのこと勉強会」を発足させた。料理教室のほか、語り合う場を設け、交流の機会を作ってきた。

 活動を始めて丸3年。困っている人は多いはずなのに人が集まらない事実が見えてきた。「時間がないのもあるけれど、男性には変なプライドがあるのかな。泣いたらあかんとか、『できない』と言えないとか。自分もそうだった」

 会社で役職に就き、地域でもその意識から抜け出せずにいるとなじめない。「でも地域は大事。子どもが父親と地域をつないでくれる。『いつもすみませんねえ』とママ友の輪に入って行ければ、意外と助けてくれる」。ただ、その一歩が「勇気」であることもわかる。

 どうすれば父親たちの力になれるのか−。答えは出ないまま、講演での発信も続けてきた。反響があり、依頼が増え、手応えを感じるようになった。「講演の感じ方はそれぞれ。ただ、聞いて『気持ちを語っていいんだ』と楽になり、何か一つでも『自分もできる』と思ってくれれば」

 妻を亡くした時の喪失感。実家の支援もなく仕事と両立していた混乱の日々。会社を辞めて専業主夫になった時期に地域住民やママ友達に支えられて子どもと向き合った経験。「子ども目線」で育てて変わってきた自分−。

 子育てと仕事の両立などさまざまなテーマで依頼され、幼稚園の保護者会などで月に1回以上のペースで話している。

 父子家庭になった時、困ったのは、どこに行けば話が聞けて援助がもらえるのかわからなかったことだ。「必要な人に情報が届かない」と感じた。そんな経験から、行政と連携して発信力を高めようと、ネットワークの構築も模索する。2月には、法人主催で父子会や民生委員、行政職員らに声をかけ、父子家庭の勉強会を開く予定だ。

 講演後の質疑やシングルファーザー、父子家庭で育った若者たちとの対話のなかで実感したことがある。それは、同じ父子家庭でもかたちは多様で、親も子も、それぞれに思いが違うということだ。「私の方が大変」「死別と離別では違う」。共感とは異なる口調で懸命に語りかけられることもあり、思った。「本当はみんな自分のことを話したくて、聞いてもらえる場がほしいのではないか」と。

 「自分は、自分の経験しか語れない」。だからこそ、困っていれば小さくても口に出して周囲に知らせてほしいと願う。親戚や身内、友達、誰でもいい。「決してつながりを切らないで」。そしてもう一つ大切に思うことは、当事者だけで問題を共有しないこと。家族の問題であり、地域や働き方の問題でもある。「誰もが通るかもしれない道」なのだと、伝えていくつもりだ。

(フリーライター・小坂綾子)