ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

豊かな表情 引き出す挑戦
医療的ケア児の余暇支える医師

熊田 知浩(くまだ ともひろ)さん


写真
沖縄旅行で海水浴を楽しむ医療的ケア児ら(いずれもびわこファミリーレスパイト提供)
 沖縄の太陽の下。人工呼吸器をつけた子どもたちが、浮き具をつけて海で泳ぎ、気持ち良さそうに笑う。「本当に豊かな表情をする子どもたちだな」。昨年6月、熊田知浩さん(44)=守山市=からも笑みがこぼれた。在宅で医療的ケアを受ける子と家族に楽しめる時間を提供するNPO法人「びわこファミリーレスパイト」理事長として親子を率いた3泊4日の旅。無謀とも思える挑戦で笑顔が見られ、世界が広がるのを感じていた。

 滋賀県立小児保健医療センターで小児神経専門医として子どもや親と接する傍ら、2015年にNPOを設立した。「医療の進歩で治る病気も増えているけれど、ここに来るのは、主に生まれつきの病気などで運動や知能に重度の障害のある子どもたち」。だからこそ病院外の生活に寄り添い関わっていく大切さを実感していた。

 在宅でのケアでは、親は24時間付きっきりになる。「きょうだい」もストレスを抱えている。休息のために患者を預かるレスパイト事業はあるが、親子はバラバラ。家族で出かけるとなると、出先での有事も心配だ。では、日頃から診ている医師が一緒ならどうか−。

 活動には医療関係者がスタッフとして参加し、新年会や運動会などの日帰り行事や、宿泊レスパイトも開催する。「何かあったら」と不安を感じる必要なく全力で楽しむ親子。運動会では、呼吸器を肩から下げわが子を抱えて走る母親もあり、頼れるスタッフの元で自信をつけて前を向く家族を見てきた。沖縄旅行には議論があったが、現地の団体と協同し思い切って企画、6家族が参加を決意した。医療機器を携えて飛行機に乗り、海水浴を実現。その経験を踏まえ、今夏はびわ湖で湖水浴に挑戦する。「新しいアイデアが次々沸いてしまう。資金も人もないんですけどね」

写真
NPOが開いたイベントで子どもと交流する熊田さん
 3年間の活動で目にしたのは、院内では出会えない生き生きとした表情の数々だった。だが、「この子たちを深く知らない人には、何も感じていないように見えるかもしれない」と思う。医師である自分ですら、そうだった。初めてセンターに来た頃、「笑えない子たちかな」と思っていた。家庭での生活に想像もつかず、家族から多くを教わった。一緒に遊んで気づかされた。「本当は、深い感性も豊かな表現力も持っている」。リラックスできない環境で笑わないのは、よく考えると当たり前のことだった。

 多くの人に知ってほしいことがある。「表情がないように見える子も楽しんでいる。はしゃぐし、笑う。見えづらいだけで、それぞれに個性がある」。家族と地域の間に存在する垣根を取り払い、コミュニティーの中で一緒に生きていけるように−。そのための仕掛け作りに、またアイデアが浮かぶ。

(フリーライター・小坂綾子)