ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

わが子見て 正解求めないで
子育ての知恵や文化伝える

朱 まり子(しゅ まりこ)さん


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母親らの勉強会で、子どもへの寄り添いについて話す朱さん(京都市山科区・山科醍醐こどものひろば げんきスポット)
 長年携わってきた子育て支援の現場で、異変が起こっていた。意思疎通のない母子、わが子を見ずネットの情報をうのみにする母親、笑わない赤ちゃん。朱まり子さん(66)の心はざわつき、2012年、支援仲間とともに「子育ての文化研究所」(宇治市)を立ち上げた。「親子を取り巻く状況はどうなっているのか。私たちは何を伝えるべきか、考えなければならないと思った。家族や地域の絆が弱まり、子育てが難しくなっている現代だから、人が育つことの原点に立ち返って多角的に研究・発信していくことが必要だった」。私たちが、お母さんを支える大きな手になろう−。そう決意した。

 支援活動の原点は、幼稚園教諭として10年勤めた経験だ。退職した後1999年に乳児向けの子育て支援組織を発足させた。誕生から大人になるまで「ひとつながりの子育て支援」を掲げて、年齢別に自然体験や野外活動の場を提供。現在のNPO法人「山科醍醐こどものひろば」へと活動を発展させた。自身の育児に困難を感じたこともあり、支援者の役割の大きさを実感していた。

 同研究所では、理学療法士や臨床心理士ら専門家も招いて、体のことや愛着研究、わらべうたなど、多岐にわたる講座を開いてきた。活動で伝えていることの軸は、「赤ちゃんも子どもも母親も同じ、人格のある一人の人間」だということ。子育てに正解を求めず、わが子が何を欲しているのかを感じ取るには、わが子を見ていないとわからない。マニュアルを優先せず目の前にいる子とコミュニケーションをはかる、という視点だ。「赤ちゃんは母親の付属物ではなく、誕生時から快不快の感情を持ち意思もある。言葉がなくても目や顔や体で表現している。アンテナを立てわが子を理解すれば意思疎通ができる。その力が養育者に欠けていると、子育てが困難に思えてしまう」

 育児の問題が複雑になる中で、幅広い知識と技術、感性を持?た支援者の育成は大きな課題だ。「困っているのにその理由が自分でわからない母親がいれば、一緒に考え、原因を見立てる。意思疎通ができない親子がいれば、メッセンジャーとなって赤ちゃんが思っていることをわかるように伝える。それができる支援者が求められている」と考える。

 懸念しているのは、子育て経験者から直接話しを聞く機会が減り、意思疎通を図ってきた子育ての文化が断絶に近くなっていること。「見よう見まねの機会が失われれば、できなくて当然で、お母さんが悪いわけじゃない。できないことを非難するのではなく、こうしたらできる、ということを伝えていく。伝えられる人を増やしていく。単にそれだけのことを、私たちは目指している」

 2年前から、子育てを教わる機会がない母親たちのために、1歳までの間に知っておいてほしいことを詰め込んだ冊子「AKAGO」の発行を始め、全国から問い合わせが相次いでいる。また、年からは全国の支援者を対象に年1回、1泊2日の合宿も開いている。「現状に対応できる支援者が増え、赤ちゃんもお母さんも地域住民も、みんなが一緒になって子育ての文化を繕っていければいい」。京都から、その輪が広がり始めている。

(フリーライター・小坂綾子)