ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

実習先100カ所 開拓に汗
働きたい障害者を支援

大石 裕一郎(おおいし ゆういちろう)さん


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スーパーの実習で利用者にアドバイスする大石さん(左)
 午前10時。京都市内のスーパーの売り場で、棚に丁寧にお菓子を並べていく男性の作業を、精神保健福祉士の大石裕一郎さん(34)が見守る。「頑張りすぎないように、しっかり休憩入れてやりましょうね」。男性の表情が緩む。常に全力で息を抜けない男性には、自分のペースで落ち着いて仕事に慣れられるような声かけが重要なポイントだ。

 医療法人が併設する就労支援センター「アステップむろまち」は精神障害や発達障害のある人を対象とした就労移行支援事業所。そこのサービス管理責任者を務める大石さん。この日は、利用者である男性の企業実習に同行するサポート役。無理なく作業できるようアドバイスしたり、実習先とのコミュニケーションを図ったり、求められていることを利用者にわかりやすく伝えたりする大事な役割だ。

 アステップは、障害があって一般企業で働きたい人に2年間でスキルを身につけてもらう、いわば「働くための専門学校」だ。母体となっている精神科クリニックで患者のデイケアを担当していたが、院長の意向もあり2015年、アステップを立ち上げた。その背景にあったのは、デイケアを利用する患者たちの「いずれ働きたい」という気持ちだった。「患者さんの多くは、社会に必要とされる存在でありたいと思っている。一般企業で働きたいがどうすればいいのか、どう動けばいいのか、その方法がわからない人たちの力になりたかった」

 精神保健福祉士を目指した原点は、自身の生育環境にある。働き盛りだった父親が仕事中に負傷し、それがきっかけで次第に心を病んだ。焦りや不安、絶望感が押し寄せる中で、父は自ら命を絶ってしまった。妻子と別れて一人で頑張っていた父に、心情をわからず「頑張れ」と声をかけてしまった自分を悔やむこともあった。「父のように人生に絶望している人に、少しでも生きがいを感じてほしい」。その思いを強く持つ。

 アステップには今、20代から40代の男女約30人が、一般就労を目指して通う。清掃や軽作業、パソコンなどを経験したのち数カ所の企業で実習し、合う仕事を見つけていく。マッチングがうまくいかない場合もあるが、「どうしてダメだったか」「長く続けるにはどうすればいいか」など、面談や授業で振り返り、次に生かす。

 多様な企業に飛び込んで理解を求め、実習先の開拓に汗を流し、現在約100カ所を確保する。「どんな人も意欲があれば合う職場はあるし、受け入れ先はある。その人の可能性を信じている」。専門用語を使わず、一人一人の性格や強みを企業に伝える。腕の見せ所だ。

 障害に関心を持ってほしくて勉強会を開いたこともあった。だが今思うのは、企業で働いてもらうのが一番の近道ということだ。勉強会には、関心のある人は参加してくれても、本当に知ってほしい人は来てくれなかった。企業実習では、普段は障害者に関わりのない従業員が丁寧に説明し、利用者の働きぶりに、「頑張ってるね」と笑顔をくれる。「ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)とはこういうことかなと思う。障害があってもなくても一緒に働くこと」。そこには、偏見などはない。

(フリーライター 小坂綾子)