ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

特性見て楽しく「変身」
発達障害の子らの散髪工夫

赤松 隆滋(あかまつ りゅうじ)さん


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子どもの心の声を聞きながらヘアカットする赤松さん(京都市伏見区)
 白い壁に優しい色合いのインテリアがなじむ京都市伏見区の美容室「ピースオブヘアー」。扉を開き、男の子が元気に入ってくる。すかさずかがんで目線を合わせるのは、赤松隆滋さん(44)。「こんにちは。チョキチョキしようね」

 母親に見守られ、アニメの動画を見ながら格好良く変身していく男の子。耳周りのカットがどうしても苦手で「おしまい」と嫌がる様子に、赤松さんは苦戦する。別の場所を切りつつ戻りつつ、なんとか仕上げに入り、「あと5秒だけがんばったらチョコ食べよっか」。カットに嫌な印象がつかないよう楽しい雰囲気を保ち続ける。

 赤松さんは、発達障害などで髪を切るのが苦手な子どもたちを対象にした「スマイルカット」を手がける美容師だ。「髪を切るのは怖い、という価値観を転換すること。『うちの子は無理』と諦めている親御さんもあるけれど、楽しい空気を作り、苦手を取り除くなどの工夫次第で、できる子はたくさんいます」

 以前は、小学校の先生になりたかった。そんな思いもあり、2009年に児童館で子どもの前髪カット講座を開いたのが始まりだ。発達障害の知識はなかったが、見学に訪れた聴覚過敏の子と多動の子の保護者からの要望で、2人をカットすることになった。そして事件は起こった。最初は順調だったが、調子に乗って聴覚過敏の子にバリカンを使った瞬間、パニックになり部屋中を走り回った。

 その夜は眠れなかった。インターネットで発達障害を調べ、さまざまな特性、苦手があることを知り、それぞれの子がどうすれば最後まで頑張れるか工夫を凝らしてみようと独学を始めた。教訓にしている大切なエピソードだ。

 やがて赤松さんの存在は口コミで広がり、美容室には他府県からも障害のある子が次々に訪れるようになった。そこで14年、発達障害の子が日本全国の美容室で当たり前にヘアカットできる環境を目指し、NPO法人そらいろプロジェクト京都を発足させた。

 法人のメンバーには、美容師仲間だけではなく、大学教員や福祉関係者らもいる。応用行動分析など専門知識も取り入れ、さまざまな分野のノウハウを生かす。講習やセミナーで理美容師らに心構えや方法を伝授し、歯科医師会が障害児向けに使う絵カードを参考に、「クロスをかける」「髪をぬらす」「髪を切る」「ドライヤー」など手順を表すカードも作成した。

 赤松さんが手がけるスマイルカットの利用者は、年間のべ約650人に上り、登録団体も全国30店舗に。カットが苦手な子を題材にした絵本「ピースマンのチョキチョキなんてこわくない!」を出版したほか、現在は、理美容師向けのテキストに発達障害児者対応の記述を求める活動などにも取り組む。

 以前は、子どもが来ても目を合わせず、保護者にばかり話しかけていた。今は、同じ目線で、何が嫌なのか、言葉や行動でその子のメッセージを受け取り、その子の「頑張る気持ち」を応援する。「発達障害の子は『困った子』ではなく『困っている子』なのです。子どもたちの、言葉にならない心の声に耳を傾け、どんな時も笑顔で手を差し伸べていきたい」

(フリーライター・小坂綾子)