ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

喉の健康、頼れる存在に

まちなかの言語聴覚士
有本 悠吾(ありもと ゆうご)さん


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声の出が良くなるように筋肉をほぐす有本さん(京都市下京区)
 京都市下京区のマンションの一室。ベッドに横になった女性の肩や首をゆっくりほぐしながら、言語聴覚士の有本悠吾さん(39)が声の調子をたずねる。女性は、「施術してもらうと声を出すのが楽になる」と笑顔を見せ、趣味のコーラスの話で盛り上がる。

 言語聴覚士は、ことばによるコミュニケーションの援助や、摂食・嚥下(えんげ)の問題に対応する国家資格の専門職。有本さんの本業は訪問看護ステーションのリハビリスタッフだが、専門知識を生かし、まちの人たちの呼吸や発声を整えることで予防医療につなげるための拠点として、サロン「fiato(フィアート)」を昨年開業した。店名は、イタリア語で「息・呼吸」を意味し、病院に行くほどでもないが体力が落ちてきた人、声がかすれたり、声が出にくかったり、老化防止や体のメンテナンスを意識する人たちをケアしている。

 訪問リハビリでは、脳梗塞など病気の後遺症で言葉の障害や嚥下障害がある要介護や要支援の人の家庭に訪問し、回復過程を手伝っている。だが、クライアントは病気をしたあとの人。利用者から「病気にならへんかったらよかった」という声を聞くなかで、自分の知識と技術を生かして未然に防ぐことができないかと思ったのが、サロン開業のきっかけだ。

 「まちの病気予防に貢献したい」という思いは、言語聴覚士を目指した頃から持っていた。パチンコ店の正社員として10年間店舗運営に汗を流していた前職時代、さっきまで元気だったお客さんが目の前で突然亡くなる出来事に遭遇した。てんかんのような症状で、予兆があったのに知識がなくて気付けなかった。「ある日突然倒れて亡くなることが現実にある」と実感し、人の命や病気予防に関われる仕事に携わろうと転職した。

 理学療法士が開業する整体院は多々あるが、言語聴覚士が声を大切にしたい人に向けて開くサロンは、全国的にもあまり例がない。高齢化社会で言語聴覚士の役割が重視されているにもかかわらず、有資格者自体が全国に約3万人と少ないという現状があるからだ。有本さんは「リハビリの現場だけでなく、声のことをもっと気軽に相談できる場があれば病気にならずにすむ人が増え、人員不足の解消や医療費の削減にもつながるはず」と考える。

 「こんな自分でいたい」とイメージがある人も、年を重ねると思うように身体が動かなくなってくる。「その中でも、少しでもイメージに肉体を近づけていく関わりをした」。諦めの感情を持っていた人が、思うように声が出ることで心身が元気になる。その生き生きとした姿を見るのが喜びだ。

 従来の言語聴覚士の枠にとらわれず、リハビリとサロンに加えてカルチャースクール講師の仕事も始めた。幅を広げると、専門外の人脈や知識も増え、利用者の困りごとが理解できたり、おのおのの仕事にも生かし合えたり、利点が生まれる。「引き出しがいっぱいあって、誰かの『できたらいいな』をかなえられる存在でありたい。自分一人の力は限られているけれど、人とつながり、人の輪が広がることで、力になれる」。目指す言語聴覚士像は、「ドラえもん」だ。

(フリーライター・小坂綾子)