ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

「売れる」で広げる可能性
自閉症の人とビール作り

松尾 浩久(まつお ひろひさ)さん


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ビールの醸造所で出来具合を確かめる松尾さん(左)=京都市上京区
 自閉症の人と一緒に作るクラフトビール「西陣麦酒(にしじんばくしゅ)」の工房が、京都市上京区の西陣産業会館の一角にある。小さなカウンターやテーブルが設置された店内をのぞくと、おしゃれな小瓶が店頭に並び、奥の工房にはスタッフと利用者がビールを醸造する姿が見える。西陣麦酒を運営するのは、NPO法人HEROES(ヒーローズ)。理事長の松尾浩久さん(40)が「伝統ある西陣の地にふさわしく、職人的な要素を持つ利用者たちにぴったりのものを」と考えた自主商品で、若い女性らを中心に人気を集めている。

 法人の設立は、2013年。福祉事業所に10年間勤務した社会福祉士の松尾さんが独立し、同じ西陣の地域で立ち上げた。当初は、箱折りや袋詰めなどの下請け作業ばかりだったが、納期に間に合わせるために職員が夜な夜な作業をするなど利用者の支援に十分力を注げないこともあり、17年、オリジナルブランドとして西陣麦酒を立ち上げた。

 クラフトビールを選んだのは、「福祉だから」という既成の概念にとらわれず、市場性を重視したかったからだ。「一般の人に買ってもらうことで障害者就労の理解につながる」。ビールは、幅広い人に購入してもらえる上、仕入れや醸造、ラベル作り、ネット販売まで工程も多様で、利用者の得意分野を生かせる。20〜30代を中心に18人が通所し、1日10人ほどが作業を担う。店頭に並ぶ商品を見て喜ぶ人もあり、やりがいにつながっていると感じている。

 福祉の道に進んだきっかけは、大学時代に友人に誘われて参加したボランティア。知的障害者の余暇支援で、一緒になってボウリングやフットサル、カラオケなどを楽しむ中で、同じ空間に多様な人がいる面白さに目覚めた。卒業後、2年で辞めるつもりで福祉事業所に就職したが、気がつけば福祉の世界にどっぷり漬かっていた。「福祉の魅力って、一人一人の人生に関われること。自分の働きによって目の前の人の日常がよくなっていくことが、とても面白い」

 福祉制度は充実してきたが、なお生きにくさを感じている人がいる。行動障害を抱えた人、集団生活が苦手な人、社会的引きこもりの人など、制度の隙間に落ちてしまう人たちを受け入れる。

 「自閉症の人のための社会資源はまだまだ少ない。けれど、行動障害のある人も、関わる側の理解があれば、静かに過ごすこともできる」。たたいたり、物を壊したり、支援学校では座っていられなかった重度の人も、特性やスタミナに合わせて作業時間や内容、言葉の表現を工夫することで、少しずつ安定してくるのを実感する。

 クラフトビールは、ネット販売に加え、道の駅や商業施設、イベントでも販売する。「おいしい」「かわいい」という理由で手に取る人、作り手やストーリー性を重視する人、どちらの目にもとまるような販売戦略を練る。「おいしいのは最低条件。その上で、単なるお涙ちょうだいではなく、利用者が障害をも武器にできるようなブランディングをする。お金以外の楽しさを伝えつつ、工賃アップにつなげる戦略。そこに、私たちの手腕が問われているのだと思います」

 (フリーライター 小坂綾子)