ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

自分の開示で人は変わる
心の病持つ女性を支援

吉川 (よしかわ)陽子(ようこ) さん


 七宝焼や縫い物、つまみ細工などの製品が、京都市上京区の京町家のギャラリーショップに並ぶ。ここは、NPO法人「Salut(サリュ)」が運営する就労継続支援B型作業所「サリュ」。利用者の作業を見守る理事長の吉川陽子さん(44)は、看護師としてのキャリアを支援に生かす、医療と福祉の架け橋のような存在だ。


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健康相談で利用者の悩みを聞く吉川陽子さん(京都市上京区・サリュ)
 サリュは、心の病気を持つ女性のための作業所。利用者の中には、男性支配が強い家庭で育ったり、性差別を受けるなど、女性であることで生きづらさを抱えてきた人たちもいる。

 「生きづらさというのは、実は『自分らしさ』を感じる一つの手段。そこを人に表明できるようになると変わっていくんですよ」。女性たちは、ものづくりや発信を通して人とつながることで自分を受け入れていく。サリュでは、病気や障害の部分だけを見せるのではなく、その人自身を捉え直す支援に力を入れる。

 看護学生への講演や学会発表では、当事者と壇上に上がる。話すのが苦手だったのに、好きなカメラについて人前で話すことで変化した人もいる。「第三者に自分を開示し、共感や応援をもらってはじめて着地できる境地がある。私たちは、その環境を整えるお手伝い。女性問題ばかりに光が当たりがちだけれど、普通に暮らし、働くことに目を向けることがとても大事」

 看護師のスタートは一般病院。そこでは、心の病を抱えた患者に「ややこしい人」と戸惑う空気もあった。「知らないから排除する。そこに身を投じればわかることもあるはず」と思う日々だった。

 うつ病の祖母が「この先生だけは信頼できる」と太鼓判を押す精神科医経営の診療所に飛び込み、一般病院の救急室と掛け持ちで勤務した。心肺停止の人を助けるチーム医療と、長期戦の精神科という正反対の医療に従事し、体も心もケアできる看護師を目指した。

 そんななか、性的被害によるトラウマで患者が過剰服薬で亡くなる悲しい出来事を目の当たりにし、医療の限界を実感。2002年に診療所の医師が立ち上げた「サリュ」の運営委員となった。

 しかし、福祉の世界には、支援者が制度や変化に乗り切れない現実もあった。そんな苦労を見る中で、制度を先読みし、看護師としての専門性をさらに高めサリュに生かす働き方を選択。職能団体である日本精神科看護協会に就職して看護政策などの動向を学び、佛教大学で精神看護学の助教も務めた。Salutの理事長には14年に就任。18年から専従し、イベントや勉強会などで利用者の能力を生かす新しい試みを始めている。

 心がけているのは、先頭と最後尾の利用者を見て、両方支えること。そして、当事者に限りなく近づきつつ、フラットでいることだ。「とにかく当事者の世界に一度入り込む。そこから、支援者という倫理を持って自分の世界に帰ってくる。そんな作業ですね」

 否定や排除の前に、まず飛び込んで知らない世界を知るー。駆け出しの頃から変わらない好奇心とフットワークの軽さで、分断されがちな世界をつないでいる。

 (フリーライター・小坂綾子)