ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

どこにいてもきれいに
訪問美容の敷居を下げる(24/05/20)

平尾 拓寛ひらお たくひろ さん


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「どこにいてもキレイになれるように」と思いを話す平尾拓寛さん(甲賀市信楽町)
 甲賀市信楽町の静かな住宅地にある小さな美容室「tetote」。オーナーの平尾拓寛さん(34)は、さまざまな理由で美容室に行くのが困難な人の訪問福祉美容も手がける。在宅介護を受けている人や持病のある人、障害のある人などの自宅や施設を訪れ、カットやカラー、パーマを施術する。モットーは、「どこにいてもキレイを叶(かな)えられる」。体の負担を最小限に抑え、過ごし慣れたいつもの空間で、髪と心をリフレッシュさせる手伝いをしている。

 「体が思うように動かなくても寝たきりでも、『一生きれいでいたい』という気持ちをもっておられる。美しくあるためのお手伝いができるのは、うれしいですね」

 美容師になった当初は、福祉に携わるとは思ってもいなかった。草津市の美容室で10年勤務したが、その時の顧客から「障害のあるわが子の髪を自宅でカットしてほしい」とお願いされたのが、福祉訪問について考えるきっかけとなった。「お子さんは、美容室の雰囲気が苦手だったり、暴れてしまったりする。店には連れて来られないので悩んでおられた」。だが、当時は雇われの身。「家族の結婚式の時だけでもきれいにしてあげたい」という気持ちに応えることができず、心残りだった。

 この経験から、「訪問美容のニーズは多いのではないか」と思い始め、調べると、まだまだ少ないことがわかった。そこで訪問福祉美容師の資格を取得。自宅を改装して美容室をオープンし、訪問美容サロンも手がける美容師として独立することを決めた。  訪問美容を利用しているのは、主に県内の高齢者だ。足腰が弱い人、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の人や認知症の人などを担当する。先に利用者の家族と電話やLINEなどで特性や病状、気を付ける点を確認。自宅を訪れると、楽な姿勢になれるようにサポートして施術に入る。寝たきりの人を切る時は、ベッドの上で一番美しく見えるように整える。

 「ずっと家族が切っていて、プロのカットは数年ぶり、という人も多い。『きれいになるのはあきらめてた』『ほんまにうれしい。ありがとう』と言葉をかけてもらい、心の底からの感謝の気持ちが伝わってくる」。それが、大きなやりがいにつながっている。

 美容室なら、シャンプー台が近くにあり、カラー剤もすぐに作れる。だが訪問美容では、重い道具を運んでシートを敷き、鏡を設置し、要望に応じて環境を整えるところから始まる。ベッドの上でシャンプーすることもある。「正直、大変です」。だが、施術費は少し安価に設定し、近隣であれば出張費の合計で美容室に来てもらうのと同じ料金に設定している。「訪問美容のハードルを下げたい」という思いがあるからだ。「大変だけど、待ってる人がいるので。自分が行かなければ誰が行くのかと思うと、行かずにいられない。きれいになることをあきらめている人に、訪問福祉美容を知ってほしい」

 これからは、若い世代にも発信し、訪問美容師を増やす活動にも力を入れていく。目指しているのは、「どこでも誰でもきれいになれる」が当たり前の社会だ。

(フリーライター・小坂綾子)