ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
この人と話そう

特性にあった「居場所」作って
発達障害に理解、支援を


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センター長を務める京都ノートルダム女子大心理臨床センターで(写真・遠藤基成

京都ノートルダム女子大教授
藤川洋子さん(2010/04/13)



《アスペルガー症候群などの広汎性発達障害(PDD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)といった脳機能の特性からくる発達障害が知られるきっかけは、社会に衝撃を与えた事件でしたね》

 アスペルガーが知られたのは、2000年の高校生が近所の主婦を殺害した事件でした。成績も良く普通に生活する高校生が、「殺すという体験がしたい」と動機を語ったと報道されました。ADHDは、ひところ「学級崩壊」の元凶として報じられました。

 事件を起こして初めて発達障害と診断されるケースも多くて、社会の理解が非常に不足していることが浮き彫りになりました。確かに不幸な登場のしかたでしたが、一方ではもっと一般の理解が必要だ、支援が欠かせないという動きのきっかけにもなったと思います。


すれ違いが原因

《この高校生の事件の精神鑑定書に、当時家庭裁判所の調査官だった藤川さんが書いた、非行の背景に発達障害があるという報告が「日本で唯一の研究」として引用されて注目されました。メディアは今の子はとんでもないことになっている、と騒ぎましたね》

 少年による殺人(既遂)の件数は年間十数件で少ない。なのに、いまどきの子どもはいつ殺人事件を起こすか分からない、なんて言われて…。私は調査官として、30年間に5000件を超える少年事件を担当しました。そこで出会った少年たちの実像は全然違うもので、みんなに知ってほしかった。

 脳内のつながりうまくいかないなどの生物学的医学的要素が原因で起きる事件は昔からあって、処罰だけでは矯正できない、理解と支援が欠かせず、大騒ぎせず冷静に対処することが重要だ、そんな思いも伝えたかった。「非行は語る―家裁調査官の事例フィイル」(新潮選書)や「少年犯罪の深層―家裁調査官の視点から」(ちくま新書)を書いた理由です。

《彼らはどのような感じで生活しているのでしょう。藤川さんは、「彼らは困っている人」と書いていますが》

 発達障害の種別によって困難の内容は違いますが、共通して言えることは、周囲の理解や支援がないと社会と不適応を起こしやすいことです。対応する人が自分を基準に考えてしまって、なんでそんなことができないの、変な人、と否定的に見てしまう。すると不器用な彼らは「なんで否定的に見られるのか分からない、理解できない」と考えてしまう。そのすれ違いから、中には非行など逸脱行為をしてしまうケースも出てきます。

 もの忘れしやすかったり、コミュニケーションがうまくなかったり、こだわりが強かったりなど、その人の困っていることや特性を十分に知って、丁寧に対応していけば大きな問題は起きないと思うのですが。


ピュアなところ

《社会的な支援は進んできています。2005年にできた発達障害者支援法は教育、就労などへの支援を定めています。教育現場でも人手不足など課題が指摘される一方で、分かりやすい授業の工夫など努力もされていますね》


 発達障害に対応した特別支援教育が機能し始めていると感じています。さまざまな工夫を積み重ねていけば、不適応を起こす子どもを確実に減らせます。そうなれば非行は減ります。

 発達障害をマイナスイメージでとらえるのは間違いです。物事をとことん追究する特性から、研究者などとして功績をあげている人は多い。特別支援教育は社会に有用な優秀な人材を育てる面もあるのです。それに発達障害の子どもに分かりやすい授業は、他の子にもいい授業ですよ。

 私は彼らのピュアなところが大好きです。わが子が発達障害と言われても、「いい方向へ行けばいい」と前向きに考えたい。「手のかかる困った子」とマイナスに考えれば、虐待に向かいかねません。

 これから取り組むべきことは、彼らの特性にあった「居場所」を作っていくことですね。彼らが安心できる家庭や教育環境を整えたい。また「自分勝手にみえるけどそうじゃない。これは任すことができる」などと、みんなが考えて役割分担を決めれば社会組織の中でも十分やっていけます。そういう理解の深まりと支援の強まりを期待したいですね。


ふじかわ ようこ
1951年生まれ。親は転勤族で転校を繰り返し、周囲とうまくやろうと人を観察する「クセ」がついて心理学への興味が芽生えたとか。大阪大学で心理学を専攻して家裁調査官となる。2006年から京都ノートルダム女子大教授。著書には、テレビドラマ化された「わたしは家裁調査官」(日本評論社)や、「非行臨床からとらえた子どもの成長と自律」(明治図書)もある。