京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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●この人と話そう
アルツハイマーを克服したい |
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若いころは詩人か小説家になることが夢だったという杉本さん、話題は豊富だ(京大で、写真・遠藤基成) |
《膨大な費用と時間をかけても成功率は0.02%といわれる新薬開発で杉本さんは2度も成功を収めた稀有(けう)な方ですね。「創薬の達人」と呼ばれるゆえんでしょうが、2度目は製薬会社エーザイ在籍中に開発された世界で初のアルツハイマー病治療薬(商品名アリセプト)でした》
若いころは新薬開発がどんなに難しいかを知らなかったこともあって、人生で三つの新薬を創(つく)る、と自分で決めていました。周囲の皆さんや運にも恵まれてここまで来られたのですが、ここまで来た以上は「三つの新薬」の夢を実現したいと頑張っています。
アリセプトは今では世界で最も多く使われている治療薬だと思いますが、残念ながら症状を改善したり進行を遅らす対症療法にとどまっているのです。三つ目はなんとしても根本治療薬を開発したい。そうして人生の夢を果たしたい。67歳の今も熱い想(おも)いに変わりはありません。
《世界的な巨大市場を生む根本治療薬の開発は多くの研究者や製薬会社が激しい競争を繰り広げていますが現在はどこまで来ているのでしょう。団塊の世代はその恩恵にあずかれるのでしょうか》
脳内のタンパク質が酵素によって変化してできる「ベータアミロイド」は凝集すると毒性を持ち、神経細胞を死滅させるという仮説に基づいて研究が進んでいます。
アミロイドの生成や凝集を阻止することでアルツハイマー病を治療するのですが、臨床試験までいっているケースもあります。しかし最終的にいい結論がでるのはまだ先のようです。
私たちはもう一つの原因物質とされるタウタンパク質とアミロイド両方の凝集を抑制することでより明確な効果が期待できると考えています。できるだけ早く臨床試験にもっていきたい。
根本治療薬への道筋は見えていると思います。予想は難しいですが、世界的に取り組まれている課題ですから、あと5年10年でいい展開があるんじゃないでしょうか。
《最初の「創薬」は血圧を下げる薬ですね。アルツハイマー病治療薬に向かわれたのは、今は亡きお母さんが認知症になられたためと聞いていますが》
私は9人の子どものうち8人目なので「八郎」なんですよ。母は私たちを育てるのに非常に苦労しました。私は母の日常を見て「一人の女性として、こんな過酷な人生があるのか」と思いました。それでも明るく好奇心を失わない母でした。
絶対親孝行したいと思い、それがやっと出来るころに母は認知症になりました。「あんたさん誰ですか」と母は尋ねるのです。ショックでしたね。「子どもの八郎ですよ」と答えると、母は「ああー、そうですか私にも八郎という子どもがいるんですよ」と。私は「よし生涯かけて認知症の薬をつくるぞ」と覚悟をきめたのです。
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すぎもと はちろう
1942年、東京生まれ。61年、東京都立化学高校卒後、エーザイ入社。創薬第一研究所所長などを経て2003年定年退職、京大大学院薬学研究科の寄付講座「創薬神経学講座」教授となる。現在は同研究科の「最先端創薬研究センター」客員教授として、ノーベル賞受賞者田中耕一さんらとアルツハイマー病の新たな診断・治療法研究に取り組む。京大発の創薬ベンチャーである株式会社ファルマエイトを04年に設立、現在社長を務める。「薬のノーベル賞」といわれる英国ガリアン賞、恩賜発明賞などを受けている。