ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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人を信じよう、と伝えたい
「雑毒の善」かみ砕き

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メールで生き方相談
川村 妙慶さん
(2010/11/16)



《なぜメール相談を思い立ったのですか》

 私は13年前に、京都から生家の九州の寺に戻ったんです。門徒さんのいない荒れた寺で、どう立て直そうかと思っていたら、「今の時代だからホームページを立ち上げたら」と友人が助けてくれて、そこで私なりに仏教の言葉を伝えていました。すると別のある人が「質問がある人はこちらにどうぞ」とインターネット上に私のアドレスを掲載したので「質問じゃないけど悩みがあります」と相談が来るようになりました。



答え出さず問いかけ

《メール相談がなぜ必要ですか。返事はどのようにしてますか》

 メールでしか伝えられないという人が本当にたくさんいます。手紙だと消印で分かるからと、そこまで慎重なんですね。あるとき私は掲示板で回答したんですよ。「あっ、こんな人がいるんだ」と、悩みを共有できるかと思って。ところが相談者は自分の悩みは特別だと思ってるんです。それで直接返事するようにするとだんだん増えて、現在は日に約200通届きます。私も主婦ですので家事を終えた深夜に返事を書いていますが、圧倒的に多く届くのは0時を過ぎてから。すべて返信しきれないので、緊急のものから出しています。今にも死にたいとか。あと事件性のあるメールですね。たとえば「万引きをしました」とか「人を殺そうと思ってます」とか。

 私は答えを出さずに問いかけるんです。特に深夜は気持ちが落ち込む時間帯なので、「もう一度その苦しみを寝かしてみない」と。相談者が冷静になって、翌日にお礼のメールが届いたら「あなたの悩みを受けとめたよ」「つらかったね」と返事するんです。「私の苦しみに向き合ってくれてる人がいるんだ」。そう思うだけで人は半分以上安心できるんですよ。

《妙慶さんには親鸞についての著書もあります。親鸞といえば『悪人正機説』が有名ですが、回答の際にはその教えをどう取り入れているのですか》

 「悪人というと誰のことだと思う?」と聞くと多くの相談者が「私です」と答えます。そこで「悪いことをして、申し訳なかったと反省できる人を、親鸞聖人(しょうにん)は悪人と言っています。あなたも過去にはいろいろあったかもしれないけど、今からは真っ白ですよ」と答えます。私自身も煩悩の多い人間なので、自分の失敗談をすると「なんだ。一緒じゃないですか(笑)」。

 親鸞聖人は、幸せの概念が本当は一人ずつ違うはずなのに、多くの人は地位や家、健康などの形で測ってると戒めておられます。あと「雑毒(ぞうどく)の善」を指摘しておられます。こんなにいいことをしたのに誰も認めてくれない、と感じるのは「せっかくいいことをしたのに毒が一滴混ざっているんだよ」。私なりにかみ砕いて伝えています。




「『出しゃばりおばさん』を目指して、周りの人に声をかけることを心がけています」(東本願寺で、写真・遠藤基成

言葉の重圧負けない

《高齢化が進み、介護で悩む人も増えています。「雑毒の善」は介護の問題にもあてはまりそうですが、心構えを教えてください》

 言葉の重圧に負けないでほしい。きつい言葉は病気がそういわせているので、介護される人は本心ではあなたを求めているんです。気丈な人は一人でがんばりすぎるけど、兄弟、家族、親戚で助け合い、経済的に可能ならプロの世話も利用する。一人で悩まずに、常に情報を収集して楽になる方法を見つけて欲しい。自分ひとりでというのは独りよがり。自分が弱くなるというのも大切です。

《妙慶さん自身も介護に携わったんですね》

母は3年前に亡くなりましたが最後は肺がんになり4、5年間過酷な時期が続きました。太陽のように明るかった母が、じたばたとわがまま言いながら子どもに戻っていくんです。死んで行くつらさを訴えられたとき、どうしていいか分からずに落ち込みました。母はいら立ちを吐き出すときに「ばか者」と言ってたんです。やがてそれは母の本心ではなく、心の弱さを訴えて頼っていることが分かりました。すると「ばか者」が「ありがとう」に聞こえ、介護が楽しくなりました。

《今の時代は何が問題だと思われますか》

 時代の流れに乗れない人は、負け組、落ちこぼれとみなされてしまう。経済が低迷しているせいか、失業や家族離散といった相談が増えています。世の中が便利になるほど人間関係が希薄になって、情を通わせられなくなったとつくづく感じます。でも最初から悪いことをしようと生まれてくる人はいないし、最後は人間というものを信じたい。そのことを伝道していきたいですね。


かわむら みょうけい
真宗大谷派僧侶、京都市上京区・正念寺坊守、アナウンサー。1964年、福岡県・西蓮寺の長女として生まれる。池坊短大、大谷専修学院卒、KBS京都ラジオに出演中。ホームページの日替わり法話には一日約2万件のアクセスがある。著書に「心コロコロ介護のこころ」(兄で西蓮寺住職の川村寿法さんと共著、法研)、「こんな時親鸞さんならこう答える」(教育評論社)など。