ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
この人と話そう

ろう者と聴者、ズレなくしたい
日常表現、DVDに再現

写真
大阪で40年以上暮らし、気分はすっかり大阪人です。大阪文化の気づいたところを手話でコメディータッチに表現しています(大阪市中央区・関西手話カレッジ=撮影・遠藤基成

関西手話カレッジ
矢野一規さん
(2011/02/15)



《矢野さんらが執筆した「ろう者のトリセツ聴者のトリセツ」(関西手話カレッジ編・著=トリセツは取扱説明書の意味)には、同じ言葉であっても、ろう者と聴者(耳が聞こえる人)では受け取り方に相当のズレがあることを指摘しています。この本を企画したきっかけを教えてください》

 聴者なら言葉を聞いて覚えるのでしょうけど、僕は生まれた時から耳が聞こえないので手話で覚えました。今は聴者に手話を教えていますが、相手が上達してくればいくつかの言葉を採り上げ、意味を手話で説明してもらいます。その時にズレが分かったのがきっかけです。聴者の話す日本語は手話と同じ表現方法と思っていましたが、誤解が原因でもめることが多く、ほかのろう者も事情は同じだろうと思いました。僕たちが選んだ言葉が百パーセント正しいかどうかは分かりませんが。

《矢野さんが、特にズレが大きいと思う言葉はなんですか》

 時間です。たとえば7時10分前と言った時、聴者は6時50分を思い浮かべますが、ろう者にとっては7時6、7分を指します。またふっと吹く動作の手話があって「朝めし前」という意味ですが、ろう者は朝食前に歯を磨くとか、新聞を読むとか、文字通りの意味に勘違いしてしまいます。

《聴者の場合は人間関係に配慮するせいか、断定を避ける傾向があるとも書いてますね》

 はい。でもそれはろう者が見るとあいまいに見えてしまいます。僕たちは「行きなさい」と言われれば行くのですが「行ったほうがいいよ」と言われても、どちらでもいいと受け止めてしまいます。



表情、動作カバー

《「まし」「まあまあ」「悪くない」とか、聴者にとってはあまり高い評価がされていない、と感じる言葉が、ろう者にはほめ言葉にあたるとなると、聴者は戸惑ってしまいます。どうやってろう者の気持ちを理解すればいいですか》

 「顔の文法」ですね。「悪くない」と表現しながら表情ではすごくほめる。手話の動作の大小でも区別できます。聴者の場合でもイントネーションで変わるのではないですか。

 約束の時間を守って来てくれてうれしいのに「やっと来た」と表現して聴者に怒られたことがあります。手話「やっと」は楽になった、安心したというプラスイメージのある言葉なのです。

《なぜそのようなズレが起きたのでしょうか》

 これは想像ですが、僕の場合、邦画に字幕がなかったので洋画の字幕を見て育ちました。字幕は文字数が限られていることもあり表現がストレートです。それがズレの原因かもしれませんね。




《ろう者は文字を読むことで、日本語を聴者と同じように理解できるのではないのですか》

 違います。すべてのろう者が読めるわけではありません。僕はカードを渡されて「お名前様を書いてください」とあって、わけが分からなくなったことがあります。「名前書いて」なら分かります。看板を「下ろす」と「下げる」の違いも分からない。「下ろす」とすると手話では店がつぶれる意味になります。ですから筆談でも通じないことはいっぱいあります。「準備中」「営業中」と手話にしてくれたら分かるのですが。



手話は独立した言語

《カレッジでもそのような誤解を解こうとしているのですね》

 はい。手話は日本語と違う独立した言語です。そのためろう者同士で日常会話として使う手話を研究して広めていく活動をしています。目標はDVDをいっぱい作って社会に出していくことです。犬の飼い方、花の育て方、結婚式のスピーチなどの本は、ろう者が見ても分からないことが多いので、DVD化していきたいですね。

《今後、手話を通じてどんな活動をしていきたいですか》

 ろう者の生活や置かれてきた歴史を知ってほしいですね。聴者は「誰々さーん」と声で呼びますが、ろう者は肩をたたき、目を見てコミュニケーションをとります。それがセクハラと間違えられてしまうことがあります。また、僕の行ったろう学校では当時は手話は禁止で口話(唇の動きを読んで会話する方法)教育だけでした。僕は寄宿舎で育ったから先輩から手話を覚えましたが、日本語を禁止されたら皆さんだって苦しむと思いますよ。

(インタビューは同カレッジ事務局長・野崎栄美子さんの手話通訳で行った)


やの・かずき
1950年、愛媛県生まれ。東京での生活を経て17歳の時大阪に来る。佛教大文学部社会福祉学科卒。約15年間印刷会社に勤務し、その後独立して印刷所を経営。パソコンの普及により廃業し、6年前に仲間と関西手話カレッジを立ち上げ、企画を担当。カレッジが刊行した「爆笑!大阪VS東京」「慣用句の日本手話シリーズ」「手話で語る動物シリーズ」のDVDに出演している。