ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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認知症ケアに当事者の視点
早い「出会い」が生活守る

府立洛南病院医師
森 俊夫さん(2012/12/11)


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「京都式認知症ケアを考えるつどい」で司会を務める森俊夫さん(右)。中村重信・洛和会京都治験・臨床試験支援センター所長の閉会あいさつに耳を傾ける(2月12日、京都市上京区・同志社大学寒梅館)
《森さんと仲間の皆さんは、今年2月12日に「京都式認知症ケアを考えるつどい」を開きました。まずつどいの目的を教えてください》

 京都の認知症医療とケアの現状を描き出し、「認知症を生きる人から見た地域包括ケア」を言葉にして表現することです。認知症にかかわる1003人が一堂に会し、知恵を結集する場を得たことは貴重な経験でした。

《つどいを開く動機は何だったのですか》

 直接の契機は、団塊の世代の最後が75歳を迎える2025年を展望する「地域包括ケア研究会報告書(10年)と、それを受けて京都府が11年に立ち上げた「京都式地域包括ケア構想」でした。「報告書」では、誰もが住み慣れた地域で包括的なケアを受けられる社会が目指されています。それと連動して「京都式─」の構築が始まりました。

 そうした局面で、認知症当事者の視点で捉えた地域包括ケアを「京都式─」に反映させることが京都で認知症に関わる者の課題でした。

《つどいの成果は何だったのですか》

 「2012京都文書」の形で言語化し、つどいの最後に地鳴りのような拍手の中で採択したことです。それは認知症の人が排除されない社会を幻視する瞬間になりました。


「入口問題」も調査

《当事者の視点をどのように把握したのですか》

 「京都文書」のデータづくりには京大病院老年内科の武地一先生の提案でデルファイ法という特殊なアンケート調査を用いました。

 認知症の医療とケアにおいて▽私たちができていることとできていないこと▽「入口問題」(医療・ケアへのアクセスを阻害する社会・経済的要因)の様相─など九つのテーマに対し、約30人の専門家と当事者家族から集約しました。結果、当事者の思いとして▽できることを奪わないでほしい▽自尊心が傷ついているのを知ってほしい▽もっと話を聞いてほしい▽地域の専門職ネットワークを作りケアを充実してほしい▽家族の意向ですべてを決めないでほしい─などが代弁されました。

《京都文書」の内容はどのようなものですか》

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 まず、認知症の終末像を中心に構築されてきた従来の疾病観を変えることをうたっています。認知症が進行してから医療やケアに出会うと、その瞬間に入院・入所しなければならないケースも出てきます。それは当事者から見るとそれまでの生活を根こそぎ奪われることです。

 それを防ぐため出会いのポイントを前に倒す必要性を掲げました。また医療とケアの「横の連携」、かかりつけ医と専門医の「縦の連携」にも言及しています。

《出会いのポイントを前に倒すには「入口問題」が重要です。この言葉は森さんが提唱したものですが、そのきっかけは何ですか》

 09年に「宇治市認知症ケアネットワーク」を作りました。入口部分を担う市の地域包括支援センターが直面する事例を分析すれば、初期のケア確立に向けた手がかりが得られると考えたからです。そこで明らかになったものは「条件の良い人」と「悪い人」との二極分化でした。

 条件の良い人は早い段階から専門の医療機関を受診します。ところが、受診を拒否したり、病識がなかったり、情報が入らなかったり、独居だったりで、進行するまで放置されてしまう人がいます。そういう人に早くアクセスする手段を、私たちの社会は準備しないといけないのです。


診断シートの試み

《そのための方法は何がありますか》

 宇治では認知症診断シートを作っています。上段に代表的4疾患であるアルツハイマー型、血管性、レビー小体型、前頭側頭型の、下段に軽度、中度、重度というステージ別の特徴を記しており、自分で判断して気づいてもらおうという試みです。その人の暮らしぶりの情報を集めたうえで、シートを使うと、だいたい正確な線が得られます。

《1000人を超える来場者があるほど関心が高かったのはどんな背景があると考えますか》

 一つは高齢者と、それに伴う認知症人口の増加です。自分自身であったり、家族であったり、いずれはなるかもしれないと思っている人であったり…。認知症は今や当たり前の疾患になりました。

 いま一つには、それにもかかわらず、医療やケアは未確立なままです。京都の認知症ケアを変えなければならないという思いは、沸点に達していると感じます。

もり・としお
1956年生まれ、岐阜県出身。
83年、鳥取大医学部卒業。精神科医。京都大医学部付属病院精神科を経て、87年から京都府立洛南病院(宇治市)に勤務し現在は診療部長。統合失調症を中心に診ていたが、91年、同じ病院にいた小澤勲さん(精神科医・故人)の依頼で認知症医療にも携わる。「つどい」の全記録「認知症を生きる人たちから見た地域包括ケア」(クリエイツかもがわ)を、実行委員の一人として刊行した。