ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
この人と話そう

五感で絵描き脳活性化
認知症の人にも臨床美術

アトリエ苗」主宰
フルイミエコさん(2013/03/12)


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この日の教室ではアジの干物を描く。「絵は誰にでも描けます。どの作品も、その人がその時に感じたことを反映して、魅力的な表現にできあがります」(京都市北区・アトリエ苗)
《フルイさんは「アトリエ苗」で臨床美術の講座を行う一方、京都<臨床美術>をすすめる会=TEL 075(331)8967=代表も務めています。まず臨床美術がどんなものか教えてください》

 1996年、彫刻家の金子健二先生が中心になって開発されました。絵を描くことを認知症の症状改善に生かそうというのが始まりです。しかし描くと言っても、脳活性化のために少し特別な描き方をします。

《違った描き方とはどんなことですか》

 カリフォルニア州立大学のベティ・エドワーズという研究者が「右の脳を使って描けば絵が苦手な人でも描けるようになる」と言っています。私たちは普段、(論理的思考を司る)左脳モードで仕事することが多いので、情報処理もそうしがちです。たとえばリンゴを描くときでも、丸を描いて軸の部分に線を引く。この絵はシンボルですが、実は目の前のリンゴに対する感動はなく、脳は活性化していないのです。

 臨床美術では最初に五感を通じて感じ取り、感じたことそのままに色や線を使って描いていくことで右脳モード(直感的な感覚を司る)への切り替えを促します。実感を伴うことは表現の出発点です。


苦手意識取り除く

《学校で習う美術との違いはありますか》

 絵は感じれば誰にでも描けます。それは本来のアートです。下手な絵なんてないんですね。しかし一般には「そっくりに描ける=絵が得意」と思われがちです。そこで臨床美術では、苦手意識を持たれている方に一度の体験で「面白かった」と感じてもらえるような工夫がされています。

 例えば形を描くことが苦手と感じる方も多いので、まず色、次に質感など、感じやすい部分、つかみやすい部分から描いてもらいます。アジの干物を描く場合だと、最初は背筋の一本線から入ってもらいます。色は実際のものだけでなく、味や香りも含めて色で表現していきます。

 また、紅葉を描くときには、心に思い浮かぶ紅葉の色を使っていき、それが画面で混ざり合って、思い描いていた以上に味わい深い色になっていくという具合です。認知症の方々に続けていただく必要性から、誰でも楽しめる独特のスタイルが作られてきたのが臨床美術です。

《なぜそれが認知症に役に立つのですか》

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 普段はあまり使わない右脳モードを使い絵を描くことで脳活性化を期待できます。また絵で使う色を迷って、決断してもらうことなど、小さなことが刺激になります。何より夢中になって楽しめた時には右脳モードなのです。

 完成すれば作品を貼り出して観賞会をします。アートの素晴らしいところは、どの作品も、その人がその時に感じたことを反映して魅力的な表現となっていて、必ずほめることができることです。特に認知症の場合は症状のために、患者さんとご家族の間でコミュニケーションに難しさが生じることもあるでしょう。しかし作品を介することでみんなが心からほめ合えます。

《フルイさんは認知症の人と実際に講座もするのですか》

 はい。京都府立医科大学神経内科で、患者さんとご家族に講座を開催しています。4年通っている方もいて、皆さんの作品にいつも圧倒されています。一般の施設の利用がまだなじめないという方にも、臨床美術は芸術活動ということで受け入れていただきやすいという場合もあります。

《フルイさんが臨床美術士を志したのはなぜですか》

 絵を描いていると気分の切り替えができ、落ち込んだ気持ちも上向きになり、精神に良い働きをしていると実感していました。そんな絵の効用を世の中に生かしたいと思ったのですが、若い頃には方法が分かりませんでした。2005年に子ども造形教室に生かすためアートセラピーを学ぼうとインターネットで調べていて臨床美術に出会いました。絵をカウンセリングの一部としてでなく、それ自体の価値を認めているところにひかれました。若い日の私の課題に正面から答えてくれていて、これだ!と思いました。


メンタルケアにも

《フルイさんの夢は何ですか》

認知症の方とご家族のために、もっと臨床美術を知らせ、受けていただけるようにしたいです。また絵を描くなんて関係ないと思っておられる方に、描くことのワクワクドキドキ、楽しさ、解放感などを、臨床美術を通じて伝えていきたい。ビジネスマンのメンタルケアに役立てる企業も出てきています。その活動に自分でも関わりたいですね。


本名・古井三恵子。
1968年、大阪市生まれ。
京都市立芸術大大学院美術研究科絵画専攻修了。広告代理店勤務の後、私立高校非常勤講師。かたわら油絵画家として制作活動を続け京都、大阪、東京で個展を開く。日本臨床美術協会認定臨床美術士2級。
2006年、京都<臨床美術>をすすめる会を結成し代表に。支援者を含め約200人の会員を抱える。08年から京都市西京区の自宅、12年から地下鉄北大路駅近く(北区)にアトリエ苗を開業し臨床美術の教室を開く。