ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
この人と話そう

尊びあい 助け合う社会へ
ヒューマニズムの精神、若い世代に

京都太陽の園副理事長
徳川 輝尚さん(2013/09/10)


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「こひつじの苑」で入所者と談笑する徳川さんら(南丹市園部町)
《大学時代、アメリカ人の神父さんとの出会いが人生の転機になったのですか》

 私は三重県伊勢市で育ちました。京都大工学部に入ったのですが、そこの寮長だったジョン・ミュレット神父さんが人格者で心を打たれました。上智大学で中世哲学を学び、卒業後は神父として京都にある教会に勤務しました。そうしたなかで社会から疎外された重度の障害のある人やその家族と知り合い、福祉分野への関心を深めていきました。

《40歳すぎに大きな決断をされたんですね》

 もっと助けを求めている人がいることに関心がどんどん強まって行きました。差別され生きることも困難な重度の身体障害のある方々を支えたいと思い、十五年間続けてきた教会の仕事をやめることにしました。大きな決断でした。その間、同志社大学の大学院で社会福祉を研究し、嶋田啓一郎先生、大塚達雄先生、小倉譲二先生から同志社の伝統あるヒューマニズムを学びました。


不思議な縁で

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《その後は施設の開設にまい進された訳ですね》

 当時、日本には成人の最重度身体障害者の施設がなかったのです。そのため、この人たちの施設を造ることをカトリック障害者・病者の会「子羊会」が提唱し、運動を起こしました。66年には設立委員会が設けられ、私が委員長になって「こひつじの苑(その)」設立運動を進めました。学生ボランティアとともに京都の河原町で街頭募金をしたり、企業を回って一生懸命に寄付金集めをしました。国に対して療護施設の制度化を陳情しました。6年後の72年に療護施設が制度化され、ここにわが国最初の療護施設「こひつじの苑」を開所することができたのです。園部町は創立期の同志社で学び、日本の福祉事業の先駆者、留岡幸助先生が活躍された地でもあります。不思議な縁と思わざるを得ません。

《「こひつじの苑」の運営に携わってから40年以上たったわけですが》

 地域の皆さまの支援を得て舞鶴、次に宮津にも障害者施設を開設してきました。今、社会福祉法人・京都太陽の園の下に運営される三つの施設の利用者は180人、ほかに地域のニーズに応えてヘルパー派遣事業なども手がけ、働く仲間は約200人います。障害のある人たちから多くのことを学び、「尊びあい、助け合う社会」に向けて頑張っています。


一緒に上がる

《福祉の世界に関心を持たれたひとつにお母さんの影響があると聞きましたが》

 僕の心に福祉の種をまいたのは母だと思います。今も母の二つの言葉を覚えています。ひとつは、「人を助けようと思ったら、上から声をかけるのではなく階段を下りて一緒に上がりなさい」というものでした。もうひとつは、「海はすべての水を受け入れて浄化します。あなたもすべての人を受け入れる心の広い人になりなさい」という言葉でした。若い頃に聞いた言葉でしたが、80歳になる今も心に残っています。私の人生の支えになった言葉です。

《福祉の現場におられて、現在、どんな課題があると思いますか》

 福祉の制度も整い施設や設備についても進んで来たと思っています。障害者への視点も人権思想に基づき保護から自立へと転換してきました。そして、すべての人にとっての福祉という観点からは、ユニバーサルデザインという世界的思想が日本にも広まってきました。しかし、福祉の原点である、最も援助を必要とする最後の一人の尊重と、共に生きるという心は以前と比べて薄まって来たのではないでしょうか。組織のための組織、事業のための事業に偏り、企業化してきているのではないか、心配です。

《今後はどんな活動をしていきますか》

 競争原理が重視される世の中になってきました。競争に負けた弱い立場の人はいつも取り残されます。弱い立場の人々を大切にすることこそが輝く社会を作るのです。福祉の現場も、合理的であること、効率的であることが求められます。しかし、それがすべてではないのです。福祉の原点であるヒューマニズムの精神がなければ、福祉はありえません。懸命に福祉を開拓してきた先達から受け継いだヒューマニズムの精神を次の世代の若い人々に伝えていくことの重要性を今痛感しています。創立当初の理念を大切にしながら、若い人たちの福祉の炎を燃やすための火付け役に徹したいと思っています。


とくがわ・てるひさ
1931年、東京都生まれ。
上智大卒業後、カトリック教会に勤務。40歳を過ぎ、社会福祉の道へ。72年に現南丹市園部町に身体障害者の施設「こひつじの苑」を創設。79年に「京都太陽の園」法人認可。80年、授産施設「京都太陽の園」、87年、療護施設「こひつじの苑舞鶴」開苑。91年天皇・皇后両陛下、京都太陽の園に行幸。2009年、宮津にグループホーム等のサンホームを開設。社会福祉法人・京都太陽の園副理事長。元全国身体障害者施設協議会会長。