ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
この人と話そう

穏やかな最期迎えるため
治し支え、重要な「看取りの医療」

社会福祉法人「同和園」附属診療所長
中村 仁一さん(2013/10/15)


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個々のお年寄りの健康状態などについて看護師とミーティングする(京都市伏見区・同和園附属診療所)
《医者になられたのはお父さんの影響が大きいのですか》

 私は生まれ育ちが長野県ですが、高校2年の時に父が心筋梗塞で他界しました。その前の半年間、週に数回脂汗を流す心臓発作に見舞われていましたが、ひとことの愚痴や弱音も口にしませんでした。これは、父が20歳の時、眼科医のミスから失明の憂き目にあい、その後過酷な人生を歩んだことと関係していると思います。絶望感を伴っただろう心臓発作も、自分が引き受けるしかないと厳然とさとっていたのではないかと思います。一度、地獄を見た者のみが持てる強靭(きょうじん)な精神力ではなかったかと考えています。その父も医学を志していたようですが、一度も自分に代わって医者になれとは言いませんでした。けれども、私は父の遺志を継いで医学部に入ろうと決めたのです。


近代医学に驚嘆

《京都との縁は大学からですか》

 京都大学の医学部に入ってからです。子供の頃、疫痢(えきり)などであっと云う間に亡くなったものですが、抗生物質の出現により影をひそめ、近代医学の威力のすごさに驚嘆しました。ところが、卒業してみると、病気の中心が完治の難しい成人病(生活習慣病)に移行していました。数年は一生懸命勉強しましたが、つまらなくなって、横道へそれ、テレビクイズの世界にのめり込みました。いくつかのクイズ番組で優勝する経験もしました。

《「医療に対する心境の変化はいつから始まったのですか》

 その芽は、卒業して現場へ出た途端と言ってもいいでしょうね。治らない成人病を治すつもりで来ているわけです。でも、その期待に応えられないのですから。それに、人間は必ず死ぬわけですよ。死ぬのは治せないんですよ。その治せない死に対して治すための治療を最後まで徹底的にやるわけです。

《もう少し詳しく説明していただけませんか》

 もちろん、医療には「不確実性」があって、やってみないと分からないのは確かです。でも、治療をしているうちに、これ以上はどうしようもないと思われる時点があるわけです。だが、病院はできる限りのことをしなくてはならない場所ですし、家族からも精いっぱいの手当てを尽くすことを求められていますから、止めるわけにはいかないんですよ。


思い込み濃厚

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《現代の医療を批判する「大往生したければ医療とかかわるな」など衝撃的なタイトルの著作を次々と出されてますね》

 今の日本人は、医学の発達に眩惑(げんわく)されて医療に過度の期待を抱きすぎているように感じます。どんな高齢でも、どんな状態であろうと、病院へ行きさえすれば、何とかしてもらえるという思い込みが濃厚です。これが、死に際の場合、悲惨な結果を招くことになると思うんです。本来、自然な死は、穏やかなはずなんです。死期が迫ると、飲んだり食べたりしなくなります。もう生きる必要がないからです。おなかもすかないし、のども渇かないんです。ところが、食べないから死ぬと思うんですね。それで、つい余計なことをしてしまうんです。飢餓状態では「脳内モルヒネ」が分泌されていい気持ちになり、脱水では意識レベルが低下するんです。

 つまり、死ぬと言うことは、ぼんやりとしたまどろみの中で、いい気持ちでこの世からあの世へと移行することなんです。これが、私が老人ホームで300人以上の点滴注射もしない、酸素吸入もしない自然死を見てきた結論です。自然な死は、決して、苦しかったりつらかったりするものではないんです。だって、私たちのご先祖さまは、みんなこういう状態で亡くなってきたんですから。

《現代の医療の在り方を問われてきて今、どんなお考えをお持ちですか》

 もちろん、治るものは治さなくてはいけませんから「治す医療」は必要です。でも、生活習慣病のような治らない病気もたくさんありますから、「支える医療」も必要です。そして、人は必ず死にますから「看(み)取りの医療」も必要です。ただ、「看取りの医療」では、一つに、死にゆく自然の過程を邪魔しない、二つめに、死にゆく人間に無用の苦痛は与えない、この二つは、絶対に守らなくてはいけない鉄則だと、私は思っているんです。


なかむら・じんいち
1940年長野県生まれ。66年京都大学医学部卒業。京都南病院勤務を経て高雄病院勤務。同病院院長、理事長をへて、2000年2月から社会福祉法人「同和園」附属診療所長に就任。特養ホームなどに入所するお年寄りを担当し、現在に至る。96年より「自分の死を考える集い」を主宰する。73歳。主な著作に「大往生したけりゃ医療とかかわるな」(幻冬舎)、「どうせ死ぬならがんがいい」(共著・宝島社)、「老いと死から逃げない生き方」(講談社)、「医者に命を預けるな」(PHP)など。