バリアフリー上映の会場でうれしいのは、たまたまそこにいた一般のお客様が目の悪い方の手引きをして下さることです。一緒に男性用トイレに入ってくださることもあります。帰りに「私も地下鉄ですから」と、視覚障害の方と共に駅まで行ってくださることも。障害のある人とない人とのふれあいの機会を提供できるというのは意義のあることだと思います。
上映会では必ず啓発の意味で、障がい当事者がスピーチをさせていただきます。アンケートには初めてバリアフリー上映を体験した一般の方々から「素晴らしい取り組みです」「字幕や副音声のついた上映はもちろん、上映前のスピーチが素晴らしかった」「これからも続けてください」等の声が寄せられ、励みとなっています。
リップルでは障害のある人のことを「チャレンジド」と呼びます。挑戦すべきことがたくさんあるからです。目の見えない人にとって知らない場所を歩くことは挑戦です。聞こえない人にとって初対面の方と話すのはチャレンジです。でもバリアーが取り除かれれば、私たちにとってチャレンジすべきことは少なくなります。
一番の問題は心のバリアーです。
コンビニの前で自転車がドミノのように倒れてしまった時、1台1台起こすのを手伝っている人を見かけました。大きな荷物を持ったお母さんのベビーカーをバスから降ろしてあげている高校生を目にしたこともあります。「○○番のバスですよ」と声をかけていただいたり、放送の内容を書いたり携帯メールに打ちこんで見せていただくことはとてもありがたいのです。障がい者支援とかボランティアとかそんな大げさなものではなく、電車で席を譲るといった誰でもできるちょっとした親切の延長上に、障がい者へのサポートがあると思うのです。
私が生まれた当初に比べれば、パソコンや携帯電話、電車や街中の表示ボードなどバリアーはずいぶん減っています。でも、どんなに物理的な条件が整っても、肝心なのは心のバリアーが低くなることではないでしょうか。
私は障害のある人が一方的に助けられ、甘えるのは好きではありません。『give&take』が世の中の原則。与えられるばかりでは、障がい者自身の向上心を高めることにはならず、障害のある人とない人との間に本当のコミュニケーションが生まれるはずがありません。聞こえないからこの辺でいいかという甘えや甘やかしは、自分にも他人にも許してはいけないのです。
「リップル」というのは、「波紋」という意味です。心のバリアフリーの波が社会全体に大きく広がっていくことを願っています。
ふかだ・れみ 1980年生まれ、京都市出身。生後すぐ髄膜炎にかかり、その後聴覚を失う。静岡県の「母と子の教室」に通い発音や発声、口話を学ぶ。京都府立山城高から同志社大経済学部に進み、在学中の2003年にボランティア団体「京都リップル」を立ち上げた。現在、同大学経理課勤務のかたわら、京都リップル代表として映画のバリアフリー上映に参画。障害当事者として講演活動も行っている。