ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
結縁 ひきこもりから社会へ(5)
  • 外の世界への一歩
  • 空手の掛け声、表情に活気

     

    福島 美枝子さん



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    空手の稽古を受ける恒河沙の若者たち(京都市左京区、陰陽流拳法空手術道)
     ひきこもりの若者たちが元気になって、もう一度外の世界に目を向けた時、真っ先に求めるのは、彼らが活躍できる仕事と場所だ。彼らを受け入れてくれる場が社会の中になければ、のびのびと生きられないどころか、再びひきこもりに戻ってしまいかねない。

     名古屋から旅行会社社長の草野義昭さんが恒河沙(ごうがしゃ)を訪ねて来た。草野さんは長崎南高校の私の先輩だ。同窓会で知り合った。以前、私が恒河沙の若者たちの話をしたとき、先輩たちは口をそろえて「私たちも出来ることは協力するよ」と言ってくれた。やはり同じ高校出身で、京都で偶然出会った田坂幾太さんは政治家。関西同窓会の世話役の三宅博さんは元エンジニア。さまざまな分野で活躍してきた同窓会パワーが若者たちの活躍の場づくりに力を貸してくれている。草野さんの紹介で知り合った岩佐エリザベスさんは、大使館勤務の経歴を持つ人。メンバーに英会話や外国文化理解を指導してくれている。

     城陽ロータリークラブの方からはパソコンとタブレットを贈っていただいた。どちらも会の活動に欠かせない。英会話の勉強に活用するメンバーもいる。それまで使っていたのが、たまたま誰かが過って踏んだかして壊れたばかりのタイミングだった。深刻な様子で報告に来た明君に「大丈夫! パソコンをいただけることになったよ」と言ったら、周りの皆も笑顔に変わった。

     「さあ、これから1年がかりで恒河沙は世界に羽ばたこう」。草野さんが外国の若者たちとの交流を計画してくれている。敦君のお母さんが言った。「敦は一人っ子ですから、外国の子供さんがホームステイに来てくれたら楽しいかも」

     「今週は、空手の道場だね」と言ったのは太郎君。恒河沙では数年前から京都に本部があり米国カリフォルニアなどにも支部がある陰陽流拳法空手術道の稽古に通っている。二代目宗家・稲垣広幸さんは、メンバーに共通する課題をしっかり見抜いているようだ。「まず、大きな声を出すことから始めるといいですね」。確かに、気合のこもった掛け声が出せるようになった子は、空手の腕はもちろん、表情にも態度にも活気と自信が表れてくる。

     美咲さんが言った。「不登校、ひきこもりには環境を変えることが大事」。彼女も不登校だったが、いま大学受験への挑戦と取り組んでいる。安養寺フリースクールはもうすぐ卒業だ。

     他の何人かは、夏の炎天下に野球の練習を始め、秋になって、ますます盛んになった。おとなしい正君が?挑戦?を口にした。「守君も仁君も本当にうまいんだよ。野球部だったらしい。僕ももっともっと練習しなくては」。身体を動かし、皆で運動をすれば、社会参加への一歩となる。しかし、そんな理屈や計算よりも「やってみたい」「もう少し頑張ろう」という気持ちが尊いと思う。

     京都市勤労青少年課の中条さんが用事でやって来た。「恒河沙の皆さんが生き生きしているのは見るたびに心楽しい。ただ、他に、ひきこもり解消のきっかけさえ見つからない人たちが大勢います。市に引きこもり相談窓口(京都市子ども・若者総合相談窓口=075・708・5440)があることを広く知っていただきたい」と。

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    1952年長崎県生まれ。99年まで大津市の中学校に勤務。同年に退職後、京都、滋賀において青少年の自立支援のための活動を行う。現在、NPO法人恒河沙などの理事長。著書「本音を聞く力」(角川書店)。精神保健福祉士。安養寺坊守。