ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

自立精神で長く楽しむ

京都視覚障害ゴルファーズ協会会長

中西 由夫さん



毎月2回の練習を欠かさないという中西さん。確実なショットで、ボールはまっすぐの軌道を描いた(京都市右京区太秦の練習場)
 ゴルフこそ視覚障害者に最適のスポーツと、私は確信しています。心と体の健康、自分に自信を生む大きな力となります。国際的には「ブラインドゴルフ」として公認され、愛好者は世界中に広がっています。

 私たち「京都視覚障害ゴルファーズ協会(KBG)」は1996年の創立以来、全国組織「日本ブラインドゴルフ振興協会(JBGA)」の各団体と連携して、競技の普及と啓発、技術向上に取り組んできました。

 ゴルフは「止まっているボールを打つ」という点で、私たちと健常者が対等にプレーできる数少ない競技です。道具は全く同じ。ルールも、相違点はハザードでクラブを接地できることくらいです。ただ、アドレス時にボールをセットして方向や距離を教えてくれる介添え役のパートナーが必要で、多くの場合はボランティアの方々にお願いしています。

 ボールの飛んだ距離やカップインの瞬間は、音や体の感触で分かり、その爽快さは健常者以上に感じることができます。ブラインドゴルフを「ぜいたくな遊び」とする誤解がありますが、実は手ごろな料金で楽しめる有意義なスポーツです。

 私は17歳から京都・西陣で働き、ネクタイの意匠技術などを習得。28歳で独立して仕事が軌道に乗ったころゴルフを始め、腕前もシングルに上達しました。突然の試練が訪れたのは57歳の夏でした。食事中に右目が見えていないことに気づき、病院を回るうちに、病状が進み左目も失明。体に菌が入り視神経を傷めたのが原因でした。

 ショックで何も手に付かず放心状態が続きました。ある日、家内がテレビでブラインドゴルフの映像を見て「やってみたら」と勧めてくれました。神戸の専用練習場に通いましたが、球に当たりません。ふて腐れた態度でやっていると、練習仲間の若い女医さんに一喝されました。「プライドは捨てて来なさい」。家族にも叱られ、ようやくわれに返りました。

 心を入れ替えて練習に励み、静岡のJBGA大会で高スコアを出して自信が付きました。夢が膨らみ97年、国際大会のブラインドゴルフ全英選手権に出場。日本人初の総合優勝を果たすことができました。

 KBGは、その少し前から仲間3人で開設したばかりで、国際大会の優勝は、活動拡大の弾みになりました。いま会員は26人。入会は、いつでもどなたでも歓迎します。

 障害者スポーツは、ボランティアや周りの協力なしには成り立ちません。だから「助けてもらって当然」の態度では長続きは無理。「できることは自分で」の自立精神が何より重要です。KBGは、パラリンピックに選手を送るのが目標の一つですが、その前にまず自立精神の確立を大目標に励んでいます。

なかにし・よしお
1937年、福井県生まれ。
京都市内で意匠工房を経営していた94年、両眼を失明。96年、京都視覚障害ゴルファーズ協会を設立。翌年、ブラインドゴルフ全英選手権に初出場して総合優勝を果たす。98、99年も同B1クラスで優勝。国内大会での優勝多数。13年、「スポーツ祭東京」で東京都北区長賞受賞。